36話 旅の終わり1
「もちろん、ジャスティンを倒します。この件は他人に押し付けられたわけでなく、自分の意思で関わった。なら、最後までやり通すのが筋です」
「私も調月さんと同じ考えです」
それを聞いたジェーンは「ありがとうございます」と感謝する。
「それで、今後はどうされますか?」
ジャスティンの居場所はおおよその目星がついている。それをジェーンに伝えようと思ったが、トラベラーが一瞬俺に目配せをする。イレギュラーGUで他人の機微を悟る能力も成長しているので、俺は彼女の意図がわかった。
「しばらくは各地の迷宮をめぐろうと思います。英霊の墳墓を捨てたジャスティンは代わりになる力を手に入れているはずで、それを手に入れるとしたら迷宮しかありません」
俺はだまり、代わりにトラベラーが答える。
「わかりました。では転移魔法陣でご希望の場所へ送ります」
「それならば、鉄人防壁街に最も近い場所まで送ってください」
トラベラーの言葉に、ジェーン、国王、教皇の三人の表情が僅かに固まる。まあアドル大陸で一番の危険地帯に行こうとしているのなら当然か。
「アドル大陸三大迷宮において最難関にして、女神が最初に作った街の成れの果てとされる迷宮ですか?」
「そうですジェーン殿下。彼の企みが何であるにせよ、発見から今まで誰も近づけない迷宮なら、蘇生法に代わる未知の力があるかもしれませんし、潜伏場所としてもうってつけです」
トラベラーは「可能性がある」みたいな言い方をしているが、実際は確信を持っているだろう。
「かしこまりました。あの迷宮は無数の巨大ゴーレムで守られています。決して無理をなさらないでください。何かありましたらすぐ相談してください。可能な限り手助けいたします」
「ありがとうございます、ジェーン殿下」
こうして俺たちは転移魔方陣を借りて、最寄り町まで転移する。
「なあトラベラー、確認したいことがあるんだが」
「どうぞ」
「どうしてジャスティンの目的を黙っていたんだ? 鉄人防壁街に遺伝子改造施設があるなら、魔族になりたがっているやつがそこにいる可能性は高いだろ。王国に協力してもらったほうが良いんじゃないか?」
「理由は2つあります」
トラベラーは俺に向けて指を二本立てた。
「一つは被害の発生を防ぐため。鉄人防壁街は大型兵器で防衛されています。おそらく王国の軍事力では突破できないでしょう」
「まあできるんだったら、とっくに踏破されているな」
「二つ目は、大型兵器を撃破するための装備を私は使うつもりですが、非常に目立つ物なので、大勢の目撃者がいる状況では上から使用許可が出ないのです」
これまでの冒険でなんとなくわかったが、トラベラーは自分が異なる世界からやってきたと極力知られないようにするルールの元に行動している。
今まで装備は、マジックアイテムの一種と言い訳が利くから使ってたんだろう。
「そこまで注意するって装備なんだ?」
「それはまだ教えられません。とにかく鉄人防壁街を偵察して上に報告し、使用許可を得てからなら教えられます」
一体どんな物なんだ?
それから俺たちは最寄り町から1週間ほどの歩いた後、目的地が遠目にも見える地点に到達する。
平原の先にある山。その麓に防壁で囲まれた街がある。
トラベラーは早速双眼鏡を取り出して偵察を始めた。
「どうだ?」
トラベラーは無言で双眼鏡を貸してくれる。
双眼鏡を覗き込むと防壁を守るゴーレムの姿があった。双眼鏡にはセンサーが内蔵されてるのか、大きさは8メートルと表示されてる。
いやゴーレムというよりはロボットアニメに出てくる人型兵器と言った方が正しい。
未来的でシャープなフォルム。手持ちの装備はライフルとシールドで、外から見える範囲で内蔵火器は持ってなさそうだ。
どう見ても生身の人間が倒せる相手じゃない。チート能力を持つ俺でも、勝てるビジョンが浮かばない。
鉄人防壁街と呼ばれるのも納得だ。
「私の世界ではあのような兵器を機械工学の巨人、もしくは略してRGと呼んでいます」
双眼鏡を外してトラベラーを見ると万能ツールを操作していた。
「鉄人防壁街をジャスティンが支配している可能性を考えると、あらかじめ撃破しておきたいな」
単に中枢へ行くだけならば、忍び込めばいい。ジャスティンだってそうして踏破したはずだ。
問題は、俺達の場合、鉄人防壁街を支配するジャスティンと戦わなければならない点だ。いざ戦いになれば、奴はぜったい巨大ゴーレムを俺たちにぶつけてくる。
「第2並行世界から私のRGを送ってもらうよう申請します」
「それが、昨日言ってた許可が必要な装備か」
トラベラーは「そうです」と答える。
言われてみれば納得だ。異世界ファンタジーの世界でおいそれとロボットアニメの兵器を使うわけには行かないからな。
トラベラーは万能ツールで自分の世界に申請書を送った。
「早ければ明日には許可が降りるでしょう」
ジャスティンとの戦いは実質俺とトラベラーのみとなる。だが不安はない。これまでの冒険でいつも二人で戦ってきたというのもあるが、彼女となら大丈夫という信頼もある。
「今日はここまでです。明日の戦いに備えて野営しましょう」
手早く仕事に取り掛かる。この異世界にきたばかりの頃はまごついたが、今では俺も立派なキャンパーだ。
近くに川があったので、〈汎用特化〉スキルに含まれる〈工作技術〉スキルで即席の釣竿を作り、〈漁業〉スキルで食用にできる魚を釣り上げる。
釣り上げた魚は〈土の魔法:抽出の型〉で土中から取り出した砂鉄を、〈錬金の魔法〉で作ったバケツに入れる。
〈アビリティCP〉でマーティンさんからコピーさせてもらった〈汎用特化〉のありがたさをしみじみと噛み締める。
俺の冒険はもうすぐ終わる。ジャスティンを倒した時に。区切りをつけるとしたらその時以外にないだろう。
多少の寂しさは感じるものの、不思議と未練はなかった。最初は遊び気分だった冒険も、今では随分違ってきた。使命というのは大げさかもしれないが、少なくともこの冒険は俺がこなすべき仕事という認識のほうが強い。
これが大人になるってやつなのかな?
そんな事を考えながら釣りを続けて、魚がバケツいっぱいになった。
銀色に輝く鱗を持つそれは、〈魚類学〉スキルによればこの星に元から住む魚で、かなり美味しいらしい。
野営地に戻るとトラベラーが釣った魚を塩焼きにしてくれた。合わせて野菜スープを作ってくれたのもありがたい。今夜は少し冷えるので温かさが体に染み渡る。
「それにしてもこの異世界の正体が、大昔に地球人が移住した別の惑星だったとはなあ。トラベラーはどう思った?」
「文化や価値観がほとんど地球と同じですし、言語もエスペラント語、すなわち地球の言語でしたので、その可能性を予想していました」
「エスペラント語?」
聞いたことあるような気がするけど……うーん、なんだっけ?
「国際交流目的に作られた人工言語ですよ。当時の状況を考えると、英語やロシア語を公用語に出来なかったのでしょう」
「なるほどなあ……あ、もしかして俺たちと同じ人種のネモッドもエスペラント語由来なのかな?」
「おそらく、エスペラント語で未改造を意味するNemodifitaからとって、ネモッドと呼ぶようになったのでしょう」
それにしても地球との関係なんて微塵も考えなかったな。俺が好きな異世界ファンタジーって、大抵が異世界としつつもほとんど地球と同じなので「そういうもん」だって無意識に思い込んでたのかも。
「話は変わるけどトラベラーは色んな異世界を冒険しているんだよな」
「ええ」
「最初の異世界はどんなだった? 規則とかで話せない別にいいけど」
●Tips
方舟
地球人たちが別の惑星へ移住するために建造した移民用恒星間宇宙船。
自動操縦機能、ワープ機能、コールドスリープ機能などを持つ。
リサイクルされるのを前提に設計されており、例えば乗組員の居室区画を取り外して、そのまま住宅として流用できる。
鉄人防壁街
アドル大陸3大迷宮の一つ。巨大なゴーレム(人型兵器)が防衛しているため、挑戦するどころか近づくことすら出来たものはいなかった。
この星の歴史上、最初の街。地球人がこの星に移住した時、乗ってきた宇宙船を分解して居住地の建築に再利用した。
第2歴の戦争では被害を受けなかったものの、コンピュータウィルスによる自律管理システムの暴走で住民は追い出されてしまった。
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