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アイデンティティ・ドキュメント

 目覚めた時、私は全てを忘れていた。家族、故郷、趣味や好物。私のアイデンティティが残らず消えている。
 周囲を見渡す。壁や床、ベッドすら白一色。他の色は穢れだと言わんばかりだ。私の記憶のように漂白されている。
 不安が私の心臓を握りしめる。息苦しさに胸を押さえたとき、固い感触があった。
 紐付きのIDカードが私の首にかかっていた。
 女の子の顔写真と名前が記載されている。

「これが私の顔と名前」

 安藤優子と書かれた文字を指でなぞる。
 胸の苦しみが少し和らいだ。落ち着いて自分の体を改めてみる。部屋と同じ白のワンピースを来ていた。
 太ももに何か巻き付いている。
 スカートを少しめくると、ホルスターに収まった銃があった。
 銃を抜いて動作確認する。特に問題は無い。弾丸は最大装弾数まで入っている。良かった。

「え?」

 前の私は銃を日常的に使っていたのだろうか。初めて手に取った気がしない。恐ろしいほど黒い武器を持つ感触は、まるで恋人と手をつないでいるかのようだ。
 私を守ってくれる頼もしさすら感じる。
 けたたましいベルの音に、私は思わず銃を構えた。
 古めかしいダイヤル式電話がある。早く出ろと焦りといらだちを含んだ音を響かせている。
 私は恐る恐る受話器を取る。

「早く逃げて!」

 女の子の悲痛な叫び声が耳を貫く。どういうことか尋ねようとした時、破砕音が聞こえた。
 斧を持った女の子が扉を壊して現れた。私と同じワンピースを着ている。
 電話の子はこの子から逃げてと言ったのね。

「誰?」

 斧の子は無言で凶器を振り下ろす。
 私は半歩横に動いて避けた後、斧の子の眉間を撃ち抜いた。
 彼女は倒れ、潔癖症な白い床に赤い水たまりが広がる

「前の私は人殺しなの?」

 銃になれている時点で薄々分かっていた。
 胸のIDカードに触れる。大丈夫、この身分証明書アイデンティティ・ドキュメントがある限り、私は私だ。

【続く】

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