24話 スキル教管理派3
街の住民を無力化した後、俺はジェーンから借りた通話の手鏡を使った。
『コウチロウ殿、どうした?』
同じく手鏡を持つルドルフが応答する。
「クヴィエータで襲撃を受けた。ここは管理派の街だった」
『なんと! それで、今は?』
「どうにかして襲ってきた住民を眠らせた。それと、この街にはホリー・ホワイトがいるかもしれない。もし発見して捕まえたらそっちに引き渡す」
『あい、分かった。部隊を送ろう。私も行く』
通信を終え、俺達はホリーの捜索を始める。
もしかすると第二の魔王軍が使う蘇生法の情報を得られるかもしれない。仮に情報を吐かなくとも、これ以上悪さしないよう捕まえておく必要もある。
「催眠ガスの効果はどれくらいなんだ?」
「体質にもよりますが8時間はぐっすり眠っているでしょう。とはいえ催眠ガスから逃れられた人がいるかも知れません」
「ガスの予備はもう無いのか?」
「ありません。私の本来の任務では、何度も使うのは想定されていませんから」
まあたしかに。
「しかし街の住民全員が管理派だったとは」
倒れている人達を見ると中には子供もいて、武器代わりに包丁を持っていた。大人ならまだしも、こんな小さな子ですら発狂重篤信奉者とは信じられなかった。
「元々、管理派が密かに自分たちの信仰を続けるために作った街かもしれません」
「そうじゃなきゃ街まるごとが管理派である説明がつかないか」
そもそもスキル教の教義によれば、女神は人々にスキルを与えながらもそれに縛られない人生を送るようにと言ったらしい。
スキルは人生の支えであり、人生を縛る鎖であってはならない。これがスキル教の基本的な考え方だ。
そのため、職業選択の自由を奪う管理派の考えはスキル教において異端扱いだ。
最も、管理派の方は通常の教義が異端だと思っているようだが。
「ホリーが潜伏先にここを選んだのも当然か」
人類を裏切ったホリーは、最悪の醜聞という二つ名をつけられるほど人々に憎まれていたが、管理派からの人望は失わなかった。それどころか、自分たちの理想的暗黒管理社会実現のため、魔王の協力を取り付けたと喜ばれるほどだ。
復活したホリーをここの連中は喜んで匿っただろう。
「旗印以上に、管理派にとって彼女のスキルを欲しているでしょう」
「レアスキル、〈万能製薬〉か」
俺たちは船旅の間に、マーティンさんから第二の魔王軍に関する情報を教えてもらっている。
〈万能製薬〉は素材を見るだけで、それを使った薬の製法が判明する力を持つ。
「ホリーは〈万能製薬〉でスキルの効果を上げる神薬を作りました。この並行世界においてスキルの価値は絶大です。神薬を餌にすれば、管理派に改宗する人は大勢いるでしょう」
神薬そのものに依存性や副作用はないらしい。
けど、スキルの効果が上がるという事実は、スキルが価値の全てである異世界の人間にとってアッパー系のドラッグのような高揚感と依存性をもたらす。
俺たちを襲った冒険者たちも、最初は管理派じゃなかったかもしれない。けど、冒険者だからこそ、神薬は喉から手が出るほどほしいはずだ。
本気で暗黒管理社会の実現を目指して無くとも、神薬がもらえるならと軽い気持ちで管理派になったやつも多いだろう。
カルト宗教ってのはそういう時が怖い。「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり」だったかな? 信仰しているフリに過ぎなくとも、それを続けていれば気がつくと筋金入りの信者になっているってことだ。
ちなみに〈万能製薬〉の話を聞いたときは、それを使って不老不死の薬をホリーが作ったから第二の魔王軍が復活したのではないかとも考えた。
けど、それならばそもそも仁也さんたちは連中を倒せないはずだ。
やはり奴らの蘇生法は予備の肉体を使用したものが最有力。仁也さんに倒されてから5年後に現れたのも、予備の肉体の量産を待っていたためだろうというのがトラベラーの見解だ。
「それにしても、この中からどうやってホリーを探す?」
「いずれ軍が来るのです。広範囲の捜索はそちらに任せて、私達は可能性の高い場所を先に探しましょう」
トラベラーが指差す方向にはスキル教の教会があった。
ホリーは一応スキル教の人間だ。いるとしたらそこだろう。
教会は明かりはなく一見すると誰もいないか、寝静まっているように見える。
トラベラーが万能ツールを使って教会を調べる。
「地下室がありますね。かなり広い」
「誰かいるか?」
「一人います。動いているので催眠ガスが届かなかったのでしょう」
俺は警戒しながら教会の扉を明ける。幸いにも罠はなかった。
「地下室の入り口は?」
「祭壇の下です。動かせますか?」
言われたとおりにしてみると、地下への隠し階段が現れた。
ホリーが人類を裏切ったことで、大陸では管理派の宗教行為は完全に違法となっている。そのための隠された地下室なのだろう。
地下室もまた礼拝堂だった。しかも、地上よりもずっと広くかなり立派な作りをしている。
おそらくここが管理派にとっての本物の礼拝堂だ。上のは街の外から調査の手が入った時のカモフラージュだろう。
地下礼拝堂の奥に艷やかな黒髪の修道女が微笑みながら待っていた。清純さを感じさせる美女で、本性を顕にするまで人々から聖女だと崇められていたのも頷ける。
「お前が最悪の醜聞ホリー・ホワイトだな」
「醜聞などとひどい中傷ですね。私は真実の教えを広めているだけですよ」
人から自由が奪う教えが真実なものかと声を反論したくなったが、やめた。こいつに何を言っても不毛だろう。大方、真実の教えとやらが広まれば、その過程がなんであろうと世のため人のためと思っているさ。
そうじゃなきゃ、人類を裏切って魔王につくはずがない。
かつてのホリーは〈万能製薬〉の力を使って人助けする聖女と崇められていた。
もっともそれは表の顔で、裏では密かに神薬を配って管理派の信者を少しずつ増やしていった。
魔王が現れた時、始めホリーは魔王討伐の名声があれば大々的に管理派の教義を広められると考え、勇者のパーティーの一員となった。
だが、魔王から世界を支配した暁には全ての人間を力ずくで管理派に改宗させると持ちかけられたことで、ホリーは他の仲間とともに人類を裏切って第二の魔王軍となった。
「お前の信者は全員眠らせた。観念しろ」
ホリーは強力なスキルを持っているが、戦闘力はない。
もしかするとマジックアイテムでも使って抵抗してくるかもしれないが、油断しなければ大丈夫だろう。
催眠ガスは使い切ったので、捕縛には以前使った自動捕縛ケーブルを使う。俺がそれを投げつけると、ホリーはなすすべもなく縛られる。
正直言って、ここでこいつを無力化できてよかった。
もしほかの第二の魔王軍との戦いにホリーがいたのなら、〈万能製薬〉で作る薬は大きな障害になっていたはずだ。
●Tips
クヴィエータ
30年前に管理派が暗黒管理社会実現の拠点として作り上げた街。
世間の目から隠れるため、表立って管理派としての宗教活動は行わず、そのためアドル王国もこの街が管理派のものであるとは知らなかった。
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