40話 旅の終わり5
ジャスティンが床を蹴って、突進するように刺突を繰り出す。
俺はイモータルEXで死なない。ならあえて剣に刺されて敵の動きを封じようかとも考えたが、なにか嫌な予感がしてとっさに避ける。
「どうした、お前は死なないんだろう? なにをビビってんだ?」
ジャスティンの言葉はあからさまな挑発だと分かった。
「……」
俺は以前トラベラーに言われたことを思い出す。
●
「調月さんが持つイモータルEXは決して無敵の能力では有りません」
「敵を即死させる能力やマジックアイテムを使われたら死ぬってことか」
「そうなります。魔法やあなたのC.H.E.A.T能力は非現実的な現象をフォースエナジー(魔力)を使って発生させたものです。そして、相反する能力がぶつかりあった時、より非現実的な現象のほうが負けます」
「仮に即死能力があったとして、敵を殺す事自体は魔法を使わなくとも実現できるから現実への強度が高く、しかし不死はそうじゃないから負けるってことか」
「理解が早いですね。なので、もし即死能力と遭遇したら十分に注意してください」
●
俺の視線が剣に向いていると気づいたジャスティンは自慢げに見せびらかす。
「勘がいいやつだな。そうとも、この破滅剣は命あるものを必ず殺す魔法剣だ。かすり傷一つで相手は死ぬ。お前が不死能力を持つのはお見通しなんだよ」
なんとも厄介な能力だ。トラベラーに言われたことを考えるなら、たとえイモータルEXがあっても攻撃を受けるのはあまりに危険すぎる。
それに俺の能力もバレてる。こいつもミディックみたいに何らかの方法で俺たちの冒険を盗撮してたんだろう。
「隠していれば勝機につながったかもしれないのに、それをべらべら喋るなんてな。そんなんだから仁也さんに負けたんだよ」
俺は意識していやみったらしい顔をして言ってやった。
「ざまぁねえな」
ジャスティンは青筋を立て、獣のような叫び声を上げながら、首を狙った横切りを繰り出す。あまりに大振りだ。
俺は姿勢を低くして攻撃をくぐり抜け、剣を下から斬り上げた。
だがジャスティンが避けた。やつは大きく後ろに跳び、俺の刃は胸板を浅くひっかくだけに終わる。
くそ、頭に血が上っても〈心眼〉スキルで俺の攻撃を見切ったか。
追撃するため、離れたジャスティンを追いかけようとした時、俺の周囲に何十本もの炎の剣が現れた。
〈全魔法制御〉スキルを持つジャスティンが炎の魔法:剣の型を発動したのだ。
「黒焦げにしてやる!」
ジャスティンがぐっと拳を握ると、炎の剣が一斉に襲いかかってきた。これらすべてが直撃すると、いくら不死でも動けるようになるまでわずかに時間がかかる。そこを狙い、破滅剣で止めをさすつもりか。
だがそれも無駄だ。炎の剣は俺に命中する直前、突如として消滅する。
着地する俺をジャスティンが忌々しくにらみつける。
俺は〈汎用特化〉から風の魔法を使って自分の周囲に真空空間を形成した。当然、酸素がなければ炎は燃えず、消滅するというわけだ。
もちろん、コレをべらべらに話すつもりはない。
イモータルEXが通用せず、かすり傷ひとつでも即死するかもしれない状況でも不思議と俺は冷静だった。
絶対ジャスティンに勝てると思っているわけじゃない。死を怖いと思う気持ちはある。だが逃げ出したい気持ちはまったくなかった。
これもイレギュラーGUの成長加速が俺の心に作用した結果だろう。
人間離れしつつある自分の精神力の前に、人を超えた人、人の姿をした人外へと成り果てるのではないかと恐れる。その恐れもまたイレギュラーGUで一瞬にして消え去る。
それでも構わない。いざその時にかぎって怖気づくよりマシだ。
ジャスティンが破滅剣を大きく振りかぶる。大上段からのみえみえの振り下ろし……いや! やつはあえて力を抜いている!
まず上からくる攻撃をバックステップで避ける。
直後、ジャスティンは刺突に切り替えた。
振り下ろしはフェイントだ! 満身の力を込めた攻撃は繰り出した直後、わずかに硬直する。それをなくして即座に次へ繋げられるよう、あえて最初の攻撃は力を抜いたんだ。
フェイントを避けた俺をにらみつつ、ジャスティンが舌打ちする。その目に先程の怒りはもう無い。
ジャスティンが冷静さを取り戻してきた。さすが元AAA級冒険者だ。
頬を温かいものが伝わる。
触れてみると指に血がついていた。
破滅剣の攻撃を受けた事実に心臓が縮み上がる。
いや、落ち着け。まだ死んでいない。イモータルEXが抵抗して即死を防いでくれたのだろう。
「残念だったなジャスティン。せっかくの破滅剣も俺相手じゃ即死は無理のようだ」
「ほざけ。てめぇだって不死能力が発揮されずに傷がそのままだ。斬れば殺せるなら、それで十分だ」
破滅剣はただの剣に成り下がった。
俺は不死じゃなくなった。
でもそれはそもそも当たり前のことだ。
お互い、ズルが一つ消えただけだ。五分あるのは変わらない。
俺は〈汎用特化〉から回復の魔法を使う。即死の魔剣で切られたから治らないかもしれないと不安になったが、幸いにも傷はふさがった。
緊迫した空気が漂う。もうジャスティンに挑発は通用しないだろう。
ジャスティンが電撃の魔法:手裏剣の型を発動させる。
なんて密度だ!
無数の手裏剣の形をした稲妻が天井を埋め尽くし、雨のように降り注ぐ。やつも学習したようだ。炎と違って真空防御は出来ない。
圧倒的密度の電撃手裏剣が襲いかかる。
仁也さんの魔剣は魔法を斬れるが、あの量を捌ききれない。
土の魔法で足元のコンクリートを変形させて防壁を……いや! 土の魔法なら〈全魔法制御〉スキルを持つジャスティンも使える。干渉されてうまく行かないだろう。
なら取れる手は一つだけだ。
俺はとっさにアビリティCPでジャスティンの〈魔法攻撃無力〉をコピーする!
電撃手裏剣は俺の体に触れた瞬間、霧散する。
ジャスティンが動く。それを見た俺は即座に対応した。
電撃手裏剣の豪雨の中、俺とジャスティンの魔剣がぶつかり、鍔迫り合いが始まった。
「なにをしやがった。なんで急に魔法が通用しなくなった」
「敵に種明かしをするとでも?」
俺たちは鍔迫り合いのまま、互いの剣を押し合う。
こうして直に力比べをするとわかる。力はジャスティンのほうが僅かに上だった。魔族の強力な肉体に加えて、おそらく強化系魔法の最上級である金剛力の魔法を使っている。
力比べはまずい。技で勝負しないと。
俺は半歩下がって、相手の力を受け流す。
前につんのめったジャスティンの首に魔剣を振り下ろそうと思ったが、やつはそのまま前転し、ブレイクダンスのような動作で俺に蹴りを繰り出してきた。
攻撃の真っ最中だったので俺は防御も出来ずに直撃を受けた。一秒にも満たない一瞬だけ意識が飛ぶ。
意識が戻ると俺は壁に叩きつけられていた。
衝撃で骨が何本か砕けるが、破滅剣の攻撃ではないので瞬時に再生する。
武器を手放さずに済んだのは助かった。徒手空拳はあまりに分が悪い。
「間抜けが。俺には〈心眼〉スキルがあるんだ。くだらねえ引っかけなんざ意味がねえ」
剣を構え、ジャスティンを睨む。
俺はジャスティンを見くびっていたようだ。異世界ファンタジーによくある、主人公を追放する無能で間抜けな勇者みたいなものと、無意識のうちに思っていたんだ。
奴は強い。誰にも負けない力を手に入れたというのも、大言壮語ともいえない。
今までC.H.E.A.T能力で敵を倒してきたが、奴は別格だ。
これが本物の戦いというものか。
もちろん。最初のゴブリンとの戦いから、一度だって手を抜いたことはない。トラベラーという仲間の命の責任を忘れたことはない。
それでも俺はイモータルEXのおかげで常に安全圏にいた。
今は違う。破滅剣という俺を殺しうる武器を持ったジャスティンという相手は、否応なしに命の危機を自覚せざる得ない。
生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。
俺は生まれてはじめて、自分の真価を問われているんだろう。
どんなチートと持っていても、なんでも思い通りになる都合の良い力を持っていても、それを扱う俺の可能性という限界は常につきまとう。
俺は床を蹴り、ジャスティンに肉薄する。
少なくとも、目の前の敵から逃げないだけの根性は俺に備わっている。
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