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11話 不定の迷宮2

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 さて、不定の迷宮における階層の移動には2つの手段がある。

 階段とエレベーターだ。

 使うとなれば当然エレベーターなのだが、利用には制限がかかっている。一度足を踏み入れた階までしか移動できないのだ。

 ちなみに、最終到達階が異なる者たちが同時に乗った場合、一番到達階の浅い者が基準となる。10階まで到達した者と20階まで到達した者が乗り合わせたら、10階までしか行けないのだ。

 ベテランに便乗して楽はできないということだな

 そういうわけで1階からコツコツと進まなければいけない。

 俺とトラベラーは敵を倒しつつ進み、地下3階に到達した頃に息の合わせ方が分かってきた。

 そこから先はペースを上げていく。もう連携の練習は必要ないので、無駄な戦いは避ける。

「それにしても、ここは古代文明の工場なのかな?」

 途中、所々で通路に窓があり、その先にはアイアンゴーレムや1つ目の魔物を始めとして、未知の物品を生産している様子が見えた。

「かなり高度なシステムで自律制御されているようですね。あそこを見てください」

 窓越しにトラベラーが指差す先で、アイアンゴーレムが故障した生産設備の整備を行っていた。別の場所では亀裂の入った壁を補修している。

 ああやって、長い年月の間ここは稼働し続けたのだろう。

 生産区画以外にも倉庫らしき部屋もあった。迷宮化したい影響で、在庫を一定量確保することをしなくなったのか、大抵は空っぽだっただ。でも、時折用途不明の部品や道具が僅かに残っていたりする。

 もしかしたら高値で売れるかもしれないので、とりあえず無理のない範囲で回収する。後でマテリアさんに調べてもらおう。

 いざ迷宮攻略をしてみるとトラベラーのような味方がいてくれて本当に良かった。

 彼女は地図作成だけでなく、敵やトラップ探知、鍵の解除など、戦闘力に特化してC.H.E.A.T能力を選んだ俺にはできない仕事をことごとくこなしてくれる。

 アカシックが俺のヒロイン役にと彼女を連れてきただけはある。

 そう思った時、「そうでしょう」とドヤ顔のアカシックが脳浮かんでしまい、俺はさっさとそのイメージを脳内から叩き出した。

「そろそろ休んだほうが良いかもしれないな」

 流石に地下10階まで一気に降ると疲れを感じてきた。

 水と食料はあるがこの場で昼食というのは危険すぎる。

 最悪、地上に戻る必要もあるだろう。

「探知結果によれば、少し先に使えそうな小部屋があります」

 トラベラーの先導で向かった先は完全に休憩室だった。

 清潔感のある白塗りの室内では仮眠用のベッドだけでなく、シャワーや水洗トイレすらあった。

「なんだか宿直室みたいな雰囲気だな」

「ここが迷宮化する以前に、職員が利用していたのでしょう」

 部屋には透明な装置があり、中に瓶が並んでいた。きっと古代文明の冷蔵庫だろう。

「飲み物があるぞ」

 俺が箱を開けて瓶を取り出すと、トラベラーが青ざめた顔をする。

「うかつですよ! ここが未知の文明の施設で、しかも暴走状態だと忘れたのですか!?」

「う、悪い」

 言われて見ればその通りだ。もし爆弾が仕掛けられていたら今頃この部屋がふっとばされてたかもしれない。そうなれば俺は無事でもトラベラーは死ぬ。

「ところでこれは飲めるのかな」

 俺は飲み物を指さす。中身の液体は緑色をしている。

 さっき怒られたばかりだが、やはりどうしても好奇心が出てしまう。

「調べてみます」

 トラベラーは十分に警戒しながら慎重に箱から瓶を取り出すと、例の端末をかざしてスキャンする。

 あの端末、普通のスマートフォンに見えてかなりの万能ツールだな。まるで猫型ロボットの秘密道具だ。

「結果が出ました。毒性も依存性も無し。生産されたばかりなのか鮮度も問題ありません。効果は疲労回復ですね」

「マジックポーションか! 一度飲んでみたかったんだ」

 どんな味なんだろうとワクワクしながら栓を抜くと甘い香りが漂ってくる。

 一口飲むとエナジードリンクっぽい味が口の中に広がる。すると瞬く間に疲労が和らぎ、全部飲み干すと驚くほど体から活力がみなぎってきた。

「これは凄いな。何本か持って行こう」

「そうですね、ただ1日1本までにするべきでしょう」

「そうなのか?」

「瓶のラベルを見てください」

 トラベラーの指摘通りそこには注意書きがあった。

「なになに、『用法・用量を守らなかった場合、心臓破裂や細胞崩壊の危険があります』か……」

 まあ飲み過ぎは良くな……

「心臓破裂や細胞崩壊!?」

 怖っ! 俺そんなもんグビグビ飲んじゃったの!?

 ちなみにトラベラーはどうしても必要な時だけ飲むと言ってマジックポーションには口を付けなかった。そりゃ劇薬に片足突っ込んでるものなんか好き好んで飲みたくないよな

 それから俺たちは休憩室を利用して昼食を食べることにした

「ともかく、お昼にしましょうか。宿の人に作ってもらった弁当はなんですか?」

「サンドイッチって言ってたぞ」

「……本当に”サンドイッチ”と言ったのですか?」

「ああ、そうだよ。ほら、この通り」

 弁当の蓋を開けると誰がどう見てもサンドイッチが入っていた。

「……」

 トラベラーはなにか考え込んでいる様子だった。なんだろう、嫌いな食べ物でも入ってたのかな? あるいはアレルギーとか。

 かと思いきや、特に嫌う様子もなくトラベラーはサンドイッチを食べ始めた。

 うーん、本当にどうしたんだ?

 途中、敵の気配が近づいてくるのを感じ、一時緊張が走るが、休憩室に入ってこなかった。

 安全地帯というのは確かだなようだ。流石に内部構造の組み換え時間でも安全じゃなだろうが。

 十分に休憩した後、俺達は探索を再開する。

 探索は順調そのものだが、それは地下14階までだった。

 そこでで俺たちは全滅したパーティーを発見する。

「だ、だれか……」

 今にも消えそうな声が聞こえる。一人だけだが、まだ生きている!

「大丈夫だ、今助ける!」

 俺はすぐさま倒れた冒険者に触れた。素人から見ても明らかな致命傷で、もしあと一瞬俺がイモータルEXの再生能力を使ってやらなければ死んでいたかもしれない。

「え? 傷が一瞬で治った? レアスキルなのか?」

「悪いけど秘密にさせてくれ」

 俺はC.H.E.A.T能力は口にしないようにした。こういうのをべらべらと公言すればいらぬトラブルがやってくるからな。

「一体何があった。魔物か?」

「いや、そうじゃない。同じ冒険者だ。奴らは仲間を殺した後、金目の物を奪っていった」

「そんなことをしているやつがいるのか?」

「ある意味、ここの伝統だよ。いずれ踏破を諦めるか、堕落して他の冒険者を狙う」

 それから俺は彼と彼の仲間の遺体をエレベーターがある場所まで送り届ける。

 遺体に触れた時にイモータルEXの力を使ったが、やはり傷が修復されるだけで命は戻らなかった。死んでしまった以上、それは人ではなく遺体という物体なんだろう。

「すまない。俺の力では死んだ人は生き返らない」

「気にしないでくれ。遺体を綺麗にしてくれるだけでもありがたい」

 エレベーターに入る直前、彼は俺たちに忠告する。

「気をつけろよ。俺を襲った奴らは、たぶんエース級冒険者だ」

 ベスト級は一言で言えば一人前の冒険者だ。才能がなくとも真面目に1年活動すれば誰でもなれる。だがエース級以上は違う。自分たちが優秀だと証明した者だけがなれる。

「分かった。忠告、ありがとう」

 彼が無事に地上へ戻ったのを見届けた後、俺たちは探索を再開する。

「さて、探索を再開するか」

「その前に、一つ言っておきます」

 ただでさえ愛想が悪いトラベラーの表情がなおのこと固い。何か大事なことを伝えるつもりなのか。

「私は基本的に現地人の殺傷を禁じられています。堕落冒険者と遭遇した場合、あくまで無力化するだけです」

「分かった。俺も人殺しをしたいわけじゃない」

 とはいえいざその時が来たら俺が手を汚すか。他人任せにするわけにも行かないだろう。

 ……え?

 俺は今、何を思った? なんでそんな簡単に人殺しを決意できるんだ。今まで人を殺したことなんて無いのに。

 いや、ある。一度だけあった。

 ゴブリンだ。異世界にやってきて初めて殺した生き物。

 それは人ではない。だが俺は間違いなく、知性ある生き物をこの手で殺していたんだ。

 その体験が、イレギュラーGUで大きく作用し、俺はいつの間にか殺人への抵抗感を失っていた。

 命のやり取りに関しては今まで以上に分別をつけないとまずい。

 ただでさえ俺はC.H.E.A.T能力という強大な力を3つも持っているんだ。少しでも良心を失ったら、授かった力を濫用するクソ野郎に成り下がる。

 それだけは絶対に避けべきだ。

●Tips
スマートアロー
 トラベラーが使用する誘導性能を持つ矢。
 調査員が使用する武器は、基本的に現地の住民に目撃されても、それが別の世界で製造されたものと分かりにくい物を使用する規則になっている。

トラベラーの万能ツール
 トラベラーが調査活動で利用するスマートフォン型の情報端末。発揮される機能は基本的にアプリケーションをインストールしてもたらされる。

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