26話 スキル教管理派5
怒りはパワーだ、エネルギーだ。攻撃の勢いが増す。
ホリーは両の拳を連打する。パン、パン、パンと音がなるのは空気を叩いているからだ。
それほどまでのスピードを誇る攻撃に対し、さすがのトラベラーでも回避はかなりギリギリだ。
ホリーが風切り音を立てながら回し蹴りを繰り出す。狙いは頭だ。
トラベラーはかろうじて回避するが、かけていた眼鏡をふっとばされた。
相手が繰り出した足を戻し切る前に、トラベラーはホリーの軸足を狙って刀を振る。
流石にホリーも慌てて避けた。だが武術の心得がないので、みっともなくバランスを崩して尻餅をついた。
トラベラーは間髪を容れず、足を狙って刺突を繰り出す。ホリーは床を転がってかろうじて避けた。
その攻防を見ればトラベラーとホリーの違いは明らかだった。
身体能力は明らかにホリーが圧倒している。だが技量の方はというとトラベラーに軍配が上がる。
どんなに強力な肉体を得ようと、ホリーは格闘においてずぶの素人だった。
そのおかげで、トラベラーはどうにか互角に戦えている。
だが、あくまで互角。有利ではないのだ。
加勢したいが俺はまだ体が動かない。イモータルEXのおかげで死なずに済んでいるが、麻痺毒は未だに抜けきらない。
「無様ですね。あなたが信じる神に恥ずかしくないのですか?」
普段のトラベラーなら決して口にしない侮蔑の言葉。
挑発だ。
激昂したホリーはもはや言葉を口にすることすら出来ず、獣のような声を上げながら向かってきた。
ホリーが飛び蹴りを放つ。まるで人間砲弾のようなそれをトラベラーは一歩横に動くだけで避けた。
そのままホリーは地下礼拝堂の壁に突き刺さった。
あまりの衝撃に壁の一部が崩れてホリーは瓦礫にうまる。
普通の人間ならこれで勝負ありだが、相手は強化薬を使っている。あの程度の瓦礫、大したことないだろう。
事実、ホリーは瓦礫を押しのけて姿を見せる。
そして手近な瓦礫を掴むと、それをトラベラーに向かって投擲し始めた。
「死ね! 死ね! 死ねー!」
がむしゃらに投げたところでトラベラーに命中するはずもない。いくつかは明後日の方向に吹っ飛んで……ぐわーっ!
瓦礫が俺に命中した。全身麻痺状態なので叫び声すら出せない。
イモータルEXの力で死なないけれど、めちゃくちゃ痛い。
俺はこれまでの経験で痛みの耐え方を覚えたが、痛覚を取り除いたわけではない。痛いものは痛いのだ。
その後も何発か俺に瓦礫が命中する。
うごごごご。早く終わってくれ。
そんな俺の祈りが通じたわけじゃないだろうが、次第にホリーの動きが鈍くなってきた。息もだいぶ上がっている。
そして攻撃が止まった。
ホリーはフルマラソンを走りきったランナーのように疲労困憊だ。
元々動きに無駄が多い上、挑発で頭に血が上ったことで更に体力を消耗したのだ。
やつは〈万能製薬〉で作った強化薬のおかげで力を手に入れた。でも、それはパワーだけでスタミナまでは強化されてない。
トラベラーが相手を挑発して狙っていたのはこれだろう。
トラベラーは刀を上段に構える。相手は刃が届く距離にいないが、それでもあえてその構えをしたのなら、なにか考えがあるのだろう。
刀に光が生じる。電光の輝きだ。
ホリーの顔がこわばる。危険を察知して其の場から離れようとするが、疲れで足をもつれさせてしまう。
トラベラーが刀を振り下ろした。
刀身から放たれるのは稲妻だ。まるで東洋の龍が如く、ホリーを飲み込む。
いくら強化薬で皮膚が強靭になろうとあくまで人体。感電を防ぎ切ることは出来ず、ホリーは全身を痙攣させて倒れた。
「威力は抑えました。殺してはいません」
トラベラーが刀を鞘に収めながら言う。
それから彼女は針のない注射器を使って、俺に解毒薬を打ち込んでくれる。
「立てますか?」
「ああ。助かったよ」
トラベラーが差し出す手を受け取って俺は立ち上がる。
「さっきの技、なんていうんだ?」
「電光雷鳴剣という技です」
「魔法剣の一種か?」
「そうです。第2並行世界では魔法や超能力が科学的に解明され、超自然技能として普及しています」
魔法が普及しているSF世界か。そういうところも言ってみたいものだ。
「ところで、どうして今まで弓を使っていたんだ。見たところ剣のほうが得意に見えたが」
「戦いの幅を広げるためですよ。不死能力を持つ調月さんがいるのに、二人揃って前衛を務める必要もないでしょう?」
「まあ、たしかに」
「そもそも私の任務はあなたの助手役を務めることです。変に前へ出て、アカシックの機嫌を損なうのは避けたいのです。こんな状況がまた来ない限り、私はこれからも弓を使いますよ」
トラベラーは落ちていた眼鏡を拾う。フレームが大きく歪んで、レンズも粉々に砕けて完全に壊れている。
●Tips
トラベラーの刀
トラベラーが使用する剣。
フォースエナジー(魔力)の伝導性が高く、異世界風に言うなら魔法剣に適した武器。
電光雷鳴剣
トラベラーが使う超自然技能の一つ。
元々はある並行世界で考案された武術で、本来は先天的な特殊条件を満たした者しか習得できない。第2並行世界はこれを科学技術の補佐で万人が習得できるようにした。
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