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32話 第473並行世界の歴史1

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 「おふたりとも王宮へいらっしゃいませんか。わたくしとしては先程のお詫びとして、おもてなししたいのです」

 ジャスティンへの手がかりが無いので、ジェーンの招待を受けることにした。ここらで王国側と情報共有しておくのも良いだろう。

 これまでの移動は徒歩や乗合馬車を使っていたが、今回は携帯用の転移魔方陣があるので移動は一瞬で済んだ。

 王宮がある王都にたどり着くと、俺達は国賓待遇でもてなされた。

「食事会には陛下も出席されます。ぜひお二人にお会いしたいとおっしゃっておりました。準備が整いましたら使いの者をよこします。それまでお寛ぎください」

 ジェーンには悪いが、俺にはくつろぐ余裕などなかった。

 マナー、何もかんもわかんねえもん。

 幸いにもこの手のマナーはトラベラーが完全に熟知していたので、大急ぎで教えてもらった。

「音を立てない!」「カトラリーを取る順番が違う!」「背筋を伸ばして!」

 トラベラーのマナーレッスンは時間がないだけにものすごいスパルタ教育で、ちょっと間違えると容赦なく鞭が飛んでくる。

「……いや、なんで鞭持ってんの?」

「こういうこともあろうかと、旅の途中で調達しておきました。無駄にならなくて良かったです」

 トラベラーが若干S気味にニコリと笑う。

 それ、ほんとに俺がマナーレッスン受けなきゃいけない状況を予想したからだよね? 単純に俺をひっぱたくためじゃないよね?

 ともあれ、トラベラーのおかげで付け焼き刃ながらもギリギリ体裁は保てる程度に習得できた。

「私がアドル王国の現国王、ジョン・アドルだ。第二の魔王軍の対応だけでなく、不定の迷宮の開放についても大いに感謝している」

 食事会では贅を尽くした絶品料理が出てきた。

 庶民の舌でもはっきりと分かるほど上等だと分かる味だ。これほどのものは今まで食べたこともない。最高品質の食材を超一流の料理人が丹精込めて作って初めて出来上がる品。料理を芸術のように語る人はいるが、なるほどこうして実際に口にしてみると、そんなふうに言いたくなる気持ちがよく分かる。

 しかし、この料理を100%楽しめたかと言うと、なんともいえない。身につけたばかりのマナーで大丈夫かと心配になって、舌がどれほど美味しいと感じても、美味しい料理を食べた幸福感は得られなかった。

「捕らえた第二の魔王軍どもを尋問したが、ジャスティンの情報は得られなかった」

 食事のついでに国王が現状を教えてくれる。

「最終手段として、英霊の墳墓を爆破したことを伝えた上で、ジャスティンのことを正直に話せば死刑から終身刑へ減刑すると持ちかけたが、それでも第二の魔王軍たちは知らないと答えた」

「悪党ながらに、仲間であるジャスティンを売らなかった可能性は?」

 トラベラーが尋ねる。俺はボロを出したくないので、国王とのやり取りは彼女任せだ。

「尋問には私も立ち会いましたが。嘘を言っているようには感じられません」

 ジェーンは〈心眼〉スキルの応用で相手の嘘を見抜ける。

 おそらく、ジャスティンはこういう事を見越して、仲間に自分の情報を一切漏らさなかったのだろう。

「真の勇者の仲間だった3人にも動いているが、結果は芳しくない」

「父上、仕事の話はここまでにしたほうが良いかと。ここは労いの場です」

「ああ。すまん。仕事の事を考えていないと、どうも落ち着かなくてな」

「いくら〈高度長期活動〉スキルをお持ちだからといって、父上は働きすぎです。政務上、会食する必要がある時以外、ろくに食事すら取らないのはよろしくないと思います」

「うーむ、考えておこう」

 その時だけ国王を父と呼ぶジェーンは、王族とか関係なく純粋に親を心配する娘だった。

 食事の後は王宮に泊めてもらうことになった。もちろん、俺とトラベラーは別々の部屋だ。そう言えばこの冒険で初めて違う部屋に寝泊まりするな。

 ただし、今後の方針を決めなきゃならんので、休む前に俺の部屋で話し合うことになった。

「さて、どうしたものかな」

 ジャスティンの居場所はわからない。やつが手に入れたであろう新しい蘇生法か不死能力もわからない。わからないことづくしだ。

「お困りのようね」

 ノックもせずに客室へはいってきたのはメイド服姿のアカシックだ。神出鬼没が当たり前になりすぎて、すっかり驚かなくなってきたな。

 アカシックはまるで部屋の主かのような態度で椅子に座った。

「興味本位でメイドをやってみたけど、案外つかれるものねえ。肩凝っちゃったわ」

 アカシックはわざとらしく肩を回した。

「お前何やってんだよ……」

「あら、そんな冷たい態度をとっていいの? せっかくヒントを教えてあげようと思ったのに」

「……肩を揉むよ」

「よろしくね」

 俺はアカシックの肩をもみ始める。おい、言うほど肩凝ってねえじゃないか。

「もうちょっと指先の力を込めて……ああ、そうそう。その感じ」

 図々しいメイドだな!

「それでヒントってのは、ジャスティンが手に入れた新しい蘇生法か不死能力か?」

「いいえ。だって彼にとって一番欲しいのは別にあるもの」

「どういうことだ」

 アカシックは「うーん」と少し悩む素振りを見せる。

「ぼかしすぎて正解にたどり着けなかったら興ざめだし、今回ははっきり言ってあげるわ。ジャスティンは魔族に変身しようとしているのよ」

 クヴィエータで戦ったあの男を思い出す。奴は正気を失った状態でもかなり強かった。〈勇者〉のスキルを持つジャスティンに魔族の肉体が備われば、かなりの脅威だ。

「魔族の体は魅力的かもしれないが、クローンによる蘇生法を切り捨てるほどか?」

「あれは不死としては欠陥技術よ。なぜならクローン製造施設を失うだけで無力化される」

 実際、英霊の墳墓は爆発四散して二度と復活出来なくなった。

「ジャスティンは”死なない”ことよりも”負けない”ことを選んだの」

「いまいち腑に落ちないな」

 負けるのが嫌って気持ちはわかるが、生き返る保険を捨てるほどだろうか。

 俺はアカシックからC.H.E.A.T能力をもらう時、不死能力のイモータルEXを選んだんだ。それは、どんなチートを持っていたとしても、何かの拍子で死ぬかもしれないと思ったからだ。

 死ぬか負けるかのどっちかとなれば、大抵の人は負ける方がマシと思うんじゃないか?

「他人のこだわりなんて普通は納得できないものよ。ああそれと、この王都にあるルージャテグメント大聖堂へ行くのをオススメするわ。今、一般市民向けに見学会を開いていてね、面白いものが見られるわよ」

 アカシックの雰囲気から察するに、なにが面白いのかってのは教えてくれないだろう。

 これ以上ヒントが無いのなら、もうこいつの肩を揉む必要もないだろう。

「もう終わり? 結構良かったのに」

「あのな、俺も疲れてんだよ」

「あらそう。悪いわね」

 アカシックは悪びれずに言った。

「それじゃ、明日からまた頑張ってね。あなた達の活躍を楽しみにしているわ」

 飄々とした様子でアカシックは立ち去った。

 翌朝、俺達はルージャテグメント大聖堂へと向かった。鮮やかな赤い屋根が特徴の建物だ。なんでも、赤は女神が好んだ神聖な色だとか。

 旅の途中で立ち寄った町には必ずと行っていいほどスキル教の教会があったが、この大聖堂はそれとは比べ物にならないほど立派な作りをしていた。

 それもそのはずで、ルージャテグメント大聖堂はスキル教の総本山なのだ。

「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。僭越ながら私が皆様の案内を務めさせていただきます」

 案内役の神官は初老のネモッド男性だった。穏やかで落ち着きのある雰囲気をまとっている。威厳よりも温厚さで人望を集めるタイプだな。

 神官の隣には武装した神官が付いている。他にも似たような武装神官が神殿内の各所に立っていた。

 たしか聖教騎士団だったか。王国の騎士団とは独立した組織で、ルージャテグメント大聖堂の警備や要人警護を担当しているとアカシックのガイドブックにかかれていたっけ。

 よく観察すれば聖教騎士たちはかなり気を張り詰めている。特に案内役の神官の隣りにいる聖教騎士なんかは、誰かがちょっとでも妙な真似すれば一瞬で抜剣して切り捨てるであろう雰囲気を放っていた。

 聖教騎士以外には俺たち見学者と案内役の平神官のみ。要人なんて一人もいないのに、この緊張感は一体何だ?

●Tips
ジョン・アドル
 不休王の異名を持つアドル王国の現国王。
 王という仕事は彼にとってまさに天職であり、ジャスティンたちを勇者に任命してしまった事を除けば、目立つ失策はない。
 長時間の不眠不休労働を可能とする〈高度長期活動〉のレアスキルを持ち、常人が過労死するほどの仕事量をこなす。

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