16話 責任1
絶命した強化ホムンクルスはそれ以上熱線を撃ってこなかった。
そして封鎖された部屋が開放される。
「調月さんのおかげで助かりました」
「間に合って良かったよ」
さて最深部のお宝を取りに行こうか
迷宮から手に入るアイテムは場所によって様々だが、こと最深部で手に入るのはどこも同じだ。
そこには不思議な文様がびっしりと彫り込まれた大きな立方体が鎮座していた。
「総括者の任期はすでに終了しています。次の総括者は自らの名前を口にしてください」
立方体から機械的な声が聞こえてくる。
俺がトラベラーを見ると、彼女は無言で促す。
迷宮の最下層でどうするのかは予め調べてある。
「調月考知郎」
俺が名前を口にすると立方体の文様がほのかに光りだす。
「新しい統括者が就任しました。当施設は調月考知郎の管理下に入ります」
立方体の一部が開き、中から小さな金属版が出てくる。
「統括証を発行いたしました。統括者は自らの責任のもと、厳重に管理してください」
この統括証こそが、迷宮探索の最終目標だ。ここで統括者の変更を行える。すると迷宮は初期化され、正常な状態に戻れる。
「やったぞ」
100年もの間、誰も踏破できなかった迷宮を踏破した。もちろん、それは俺本来の力ではなく、アカシックからもらったC.H.E.A.T能力とトラベラーの協力があってこそだ。
だからこの嬉しさは達成感と言うよりも安堵感のほうが強かった。仲間を死なせずに攻略できて本当に良かった。
「それはどうするつもりですか?」
なにせ古代文明の工場だ。マジックアイテムを生産すれば莫大な富を得られる。
けど
「他人に売る。あくまで踏破すること自体が目的だからな」
俺は異世界スローライフ小説も大好きだが、今求めるのはあくまで異世界”冒険”だ。既得権益は必要じゃない。
「そうですか。あと、戻るのは少し待ってください。一応、システムを調査します」
トラベラーは立方体の外装の一部を外して万能ツールをかざす。ツールから光線が伸びて、立方体にある何らかの差込口に入り込んだ。
あれで中を調べているのかな? 全く異なる文明の機械と簡単に接続できるなんて、相変わらずすごいツールだ。
「おまたせしました。戻りましょう」
俺たちが地上へと戻ると、入り口では大勢の人たちが集まっていた。
その先頭には眼帯をした初老のネモッド女性がいた。動きやすい服装をして帯剣しているあたり、若い頃は冒険者だったのだろう。
「あなたがコウチロウ・ツカツキですね? 私は、キミー・ウォレス。ヤルリンゴにおける冒険者ギルドの支部長と町長を務めているものです。迷宮の踏破、おめでとう」
責任者が自ら来てくれるのならちょうどよい。さっさと統括権を渡してしまう。
「俺は既得権益に興味ありません。なので統括証はヤルリンゴの責任者であるあなたに譲ります」
ウォレスは驚きの表情を浮かべる。まさか後もあっさり俺が手放すとは思っても見なかったのだろう。
「分かりました。では、あなたとその仲間をAAA級冒険者と認め、支部から特別報酬を与えます」
これで話は決まった。あとはさっさと統括者の交代手続きをするだけだ。
俺とキミー支部長は統括証を同時に掴む。
「調月考知郎からキミー・ウォレスを統括者に任命する」
俺が宣言すると統括証が光だし、街中にあの立方体から聞こえたのと同じ声が響き渡る。
「統括者の交代を確認。当施設はキミー・ウォレスの管理下に入ります」
これで不定の迷宮はキミー支部長の管理下となった。やり方次第で、ヤルリンゴの街は大きく発展するだろう。
「ありがとうコウチロウ君。あなたと仲間の昇格手続きは少し時間がかかるけど、明日の朝には終わらせるようにするわ」
「分かりました」
キミー支部長は統括証を手に支部へと戻っていった。
「さて、これから飯にでも行こうか。攻略祝いで豪勢にやろう」
だがめでたい時だというのに、トラベラーは固い表情をしていた。
「その余裕は無さそうですよ」
見れば俺たちは冒険者に取り囲まれていた。全員が獲物を狙う猛獣のようにギラギラした目をしている。
俺は思わず剣の柄に手をかけた。
不定の迷宮が安全になった以上、ここでの冒険者の仕事は無くなる。
こいつらは稼ぎ場を奪われた恨みを晴らそうってのか? その割には憎悪を感じないが……
「なあなあ、あんたら二人パーティなら俺を仲間に入れてくれよ! 人手は多い方がいいだろう!?」
「ちょっと! 仲間になるのは私よ! 抜け駆けしないで」
「弱体冒険者は引っ込んでろ! 二人は俺たちのパーティに入るべきだ!」
不定の迷宮を攻略した俺たちをめぐって冒険者たちが諍いを始める。
「待ちたまえ!」
朗々と響き渡る声に周囲の視線が集まる。
「新たに誕生したAAA級冒険者は、この私が率いるインフィニット・フォース・ブリゲイドがふさわしい!」
やたら芝居がかった口調で現れたのは、絵に書いたような金持ち坊っちゃん風の男だった。
「あんたは?」
「おっと、これは失礼。私はパーティーリーダーのサン・シター。キミと同じ冒険者だ、一流のね」
「え?」
一流と言う割にはサン・シターの防具は使い込まれた様子がなく、ピカピカだ。
俺は後ろにいる彼の仲間たちを見る。みんなリーダーよりも強そうだ。
仲間に戦わせて自分は後ろでふんぞり返ってるタイプかな? 現場にちょっかいを出すスポンサーと言ったところか。
「偉業をなした君たちの実力は大変素晴らしい。ぜひとも、パーティーに入ってくれ。私はシター公爵家の長男だ。活躍すれば、私が当主となった時に便宜を図ってやれるぞ」
なるほど。そうやって仲間を増やしているのか。ま、冒険したくて冒険者やってるやつばかりじゃないし、安定雇用を求める奴がいるのは当然か。
「ほう、元気にやってるようだな。サン・シター」
聞き覚えのある女性の声だ。
「ソフィア!」
最初のクエストの帰りに助けた女剣士とその仲間がいた。
「おお、そなたは! あのときは本当に感謝している」
「彼と知り合いなのか?」
「ああ。婚約者だ。元、な」
ソフィアがサン・シターを睨む。
「あばばばばばばばー!!」
いきなりサン・シターが泡を吹いて失禁昏倒する。
「一体、何があった……いや、何をしたんだよ。こいつの反応、尋常じゃないぞ」
「私は間違ったことはしていない」
ソフィアは堂々と胸を張った。
俺はソフィアの仲間であるライラとミケに説明を求める視線を送る。
「彼、浮気したのよ。それで怒ったソフィアがサン・シターに切腹を求めたの」
「せ、切腹?」
このヨーロッパ風の世界でそんな文化が?
「ニャー、そうなんです。それで丸く収まはずでした」
「丸く収まるの!?」
ミケがさも当然のように言ったので声に出るほど驚いてしまう。
「それをあろうことか! この男は切腹から逃げたのだ! 私は浮気を許し、介錯もしようとしたのに!」
「で、ソフィアが「首おいてけー!」って追いかけ回して、この腰抜けは姿をくらませたってわけ」
「にゃんとも情けない男です。婚約者に介錯していただけるなんて、むしろ誉れなのに」
怒るソフィアにライラとミケがしみじみと同意する。こ、怖いよ、この世界の貴族文化……
「で、こいつはどうするんだ?」
俺が水揚げされたマグロみたいに白目をむいてるサン・シターを見て、ソフィアはフンと鼻を鳴らす。
「どうもこうもない。恥ゆえに公表こそしてないが、こいつは既に実家から勘当を言い渡されている。そこらに転がる三下冒険者と同じだ」
それを聞いたサン・シターの仲間たちは、とたんにがっかりした顔をして立ち去っていった。ま、口約束でつながった関係ならそんなもんか。
「私達はこれで失礼する。不定の迷宮に挑戦しようとこの街に来たが、そなたが攻略されたのなら、また別の迷宮を目指すまでだ」
「あ、ああ」
「一時はあなたとパーティーを組みたいと思っていたが、どうやら私以上にふさわしい相手を見つけたようだ」
ソフィアはトラベラーを見る。どうやら少し誤解しているようだ。
「あ、いや、別に彼女は……」
「いや、いい! みなまで言うな! ではさらば!」
ソフィアは踵を返して足早に立ち去っていった。ほんの少し彼女の瞳が潤んでいるように見えた。
なんだか悪いことをしたな。けど、俺はこの異世界にずっといるつもりじゃない。あんまり未練が残るような人付き合いはするべきじゃないだろう。
ふと、針でチクチク刺されるような視線を感じる。
トラベラーだ。女性を泣かせるなんて最低ですねって目をしてる。
「あ、あのトラベラー……」
「はやくマテルさんのところに行きますよ。お世話になったのですから、攻略が終わったのを伝えないと」
トラベラーは少し腹を立てたような足音を立てながらマテリアさんの店へ向かう。
「待ってくれ」
それを俺は情けなく追いかけていった。
●Tips
ソフィア・セーバー
剣士の名門、セーバー公爵家の令嬢。
堅物そうに見えて意外とおおらかな性格。家のしきたりで武者修行をしつつ、気骨がある夫候補を探している。
ライラ・ライン
初代セーバー公爵の時代から同家の家庭教師を務めるダークエルフ。
いかにも妖艶な美女と言った雰囲気だが、ソフィアの父が隠し持っていたダークエルフ女教師モノの本を執務机の上に置くお茶目さもある。
ミラ・ミケ
ソフィア専属メイドを務めるキャトの少女。
以前は狩猟専門の冒険者だったが、ソフィアに命を救われてからは彼女に仕えるようになった。
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