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全ては安らかな夜のため2023 #パルプアドベントカレンダー2023
悪魔は実在する。
12月24日から25日になってから僅かな時間、月明かりに魔力が宿る。悪魔はそれを使って、地獄と現世をつなぐのだ。
現世にやってきた悪魔の目的は一つ。子供を喰らう事である。悪魔は666秒しか現世にいられないが、子供の魂を食らうと、その後もずっと現世に止まれる。
遥かな昔、子供達にとってこの夜は安らかではなかった。
4世紀ごろ、現在ではアナトリアと呼ばれる場所にニコラウスと言う男がいた。
司教である彼は弱者の味方だった。とある娘が身売りしなければならなくなった時、彼は密かに金貨を渡して助けた。
ニコラウスはある日、神から悪魔を倒せと啓示を受けた。その悪魔はすでに子供を喰らい、現世で人々を恐怖に陥れていると。
神の啓示はそれだけではなかった。ある武器のありかと、悪魔と戦うための技を伝授した。
ニコラウスは武器を手に入れ、神から授かった技を習得するために修行した。
そしてニコラウスは悪魔と対決する日を迎えた。
「傷が治らない!? 何だ、その武器は!?」
「私が最も尊敬するお方の血を受けた槍だ。悪魔には辛かろう」
「ロンギヌスの槍か! だが必殺武器があっても人間自体が悪魔より弱いはずだ。何だその力は!?」
「父なる神は、人の可能性の一端を引き出す技を授けて下さった」
ホーホーホー。
天啓により授かった特殊な呼吸法が、彼を超人に変えている。
「人間は努力する。父なる神から授かったものを更に高めるために私は研鑚した。超人化呼吸法と私が編み出した槍殺法がお前を穿つ」
「努力、研鑚。なるほど、それが人間の強みか。お前たちが栄えるわけだ」
「観念しろ。そうすればせめて慈悲のある死を与えよう」
「はははは!」
悪魔はかすれた声で笑う。
「もう勝ち組気分か! 人間は強いが、同時に愚かだな。そんなのだからいつまで経っても神が面倒を見てやらんと駄目なのだ」
悪魔が何か魔術を使った。ニコラウスは警戒するが、その魔術は攻撃ではなかった。
「地獄にいる弟よ、血を分けた我が半身よ! 人間から技を盗め! そうすればお前は強くなれる。俺など足元に及ばないほどに!」
「しまった!」
ニコラウスは慌てて悪魔にとどめを刺すが、すでに手遅れだった。
黒い灰となって形を失う悪魔の死骸を見て、ニコラウスは終わりの見えない永い戦いを予感した。
人は研鑽によって悪魔を打倒する。その事実を悪魔側が認めて受け入れた。
これからの悪魔は、人間と同じように自分を鍛えて強くなる。
もっと強い敵、もっと恐ろしい敵が現れる。
「弟子を、育てなければならない。悪魔を倒す技術が、遠い未来まで受け継がれるようにしなければ」
ニコラウスは見込みのある若者を集め、育てた。
同時に仲間も増やした。自分が編み出した槍殺法だけでは足りないと感じたのだ。ニコラウスは世界を旅し、剣や斧、弓の達人と出会った。彼らは悪魔から子供を守る志に共感し、ニコラウスは彼らに超人化呼吸法を伝授した。
超人化呼吸法を会得した達人たちは、自分たちの技を悪魔を倒すものへ進歩させる。
子供を悪魔から守る戦いは、ニコラウスが没した後も志を引き継いだ者達が続けた。
やがてニコラウスが金貨で娘を助けた逸話を元に、サンタの伝説が生まれた。悪魔と戦う戦士達は、その伝説にちなんで自らをサンタクロースと名乗るようになった。
サンタ達は子供を守りために密かに戦い続ける。
全ては安らかな夜のため。
子供達が悪魔に脅かされずに眠れる。それこそが、サンタの真のクリスマスプレゼントなのだ。
●
その悪魔は弱かった。兄は地獄では一目置かれるほどの膨大な魔力を持っていたが、彼はその10分の1にも満たなかった。
ある日、その悪魔は人間の戦い方を真似するようになった。地獄のどこに行っても、その悪魔は他の悪魔から指をさされて笑い者にされた。
300年後、その悪魔を笑う者はいなくなった。笑った者を残らず殺したのだ。
魔力量だけを見れば遥かに上位の悪魔ですら、人間の武術を身に着けた悪魔に手も足も出なかった。
恐れ、嫉妬、願望。それらの感情を込めて、その悪魔は大悪魔と呼ばれた。
そして大悪魔は現世へ渡った。
「悪魔よ、待っていたぞ」
槍を持つサンタが待ち構えていた。その槍を大悪魔は知っていた。かつて兄を倒した、ロンギヌスの槍だ。
「ロンギヌスの槍の所有を許されているという事は、お前は今の世代で一番強いサンタのようだな」
「運が悪かったと諦めろ」
大悪魔はニタリと笑った。
「いいや違うね。俺は運が良い。本当に強い奴を相手に力を試せるんだからな」
大悪魔とロンギヌスの槍を受け継いだサンタの戦いは驚くべき事に、大悪魔の圧勝に終わった。
「そんな、馬鹿な。ここまで強い悪魔が現れるなんて」
「ロンギヌスの槍を使ったのはかえって失敗だったな。武器の性能のせいで、一撃さえ入れば勝てるとお前は油断した」
大悪魔は死にかけのサンタからロンギヌスの槍を奪う。そして魔術を使って跡形もなく粉砕した。
「お前にはがっかりしたよ。最強だと思ってたのに、油断するような間抜けだったなんてな」
大悪魔は失望のため息を漏らしつつ、人里へと向かった。
「やめろ、待て」
サンタは追いかけようとするが、力尽きて絶命する。
大悪魔は人里を襲った。大人は全員殺され、子供は残らず心臓を喰われた。
サンタは戦死し、ロンギヌスの槍は破壊され、一つの集落の住民は惨たらしく殺された。
この出来事は最悪の敗北として、後世のサンタ達まで語り継がれる事になる。
現界した大悪魔を追って、何人もの腕利きのサンタが派遣されたが、彼らは一人も帰ってこなかった。
大悪魔はまだ討伐されていない。
●
時は現代。
「手を組もう」
地獄でとある悪魔がそう言った。彼は炎の魔術と剣道で戦う悪魔だ。大昔に大悪魔が人の武術の有効性を示して以来、悪魔にとって魔術と武術を習得するのが当たり前の教養となっている。
「他人の手を借りるのは癪だが、そう言ってられないか。ここ数年、悪魔側は負けっぱなしだ」
水の魔術と柔道を得意とする悪魔が同意する。
「去年は確か二人で協力した悪魔達がいたが、サンタも二人出てきて負けたって話だ。手を組むのは本当にありなのか?」
風の魔術と弓道の悪魔が難色を示す。
「倍ならどう? アタシ達4人がかりならもしかしたら行けるかもしれないわよ?」
土の魔術と空手の悪魔が言う。
「サンタも4人出てくるだけだ。別のやり方が必要だと思う」
弓道の悪魔が言った直後、4人の前に通信の魔術による立体映像が出現した。
「だったら俺が手を貸そう」
4人の悪魔達は息を呑んだ。地獄ではもはや伝説となった大悪魔が接触してきたのだ。
「俺は変身の魔術を使ってサンタ組織の支援部隊に潜入している。サンタに嘘の出現ポイントを教えて、お前たちが安全に現界できるようにしてやる。だが、それと引き換えにお前達には俺に忠誠を誓ってもらおう」
4人の悪魔達は目線を交わす。
「即決出来ないのは分かっている。俺も悪魔だ。他人に忠誠を誓う屈辱はよく分かっている。3日後の今の時間にまた接触するからその時に答えを聞く」
立体映像の大悪魔が消える。
「どうする?」
「アタシは取り引きに応じるべきだと思う」
「大悪魔が相手とは言え子分になるのか?」
「他に手は無いよ。同世代はみんなグレーター位階(※悪魔にとって有段者に相当する)なのに俺達は未だにレッサー位階なんだ。俺たちが子供を食らえるチャンスはこれしかない」
こうして4人の悪魔は協力と引き換えに大悪魔へ忠誠を誓った。
●
サンタ組織の観測班はクリスマスの夜に悪魔がどこから出現するか調査するのを任務とする。
科学が未発達の時代は、超自然的な感受性の高いサンタが神からの啓示を受けて出現ポイントを特定していたが、今は魔力の観測装置などの発達により精度は極めて高い。
その観測班から今年のクリスマスは夢見町に4人の悪魔が同時に出現すると報告が上がった。
組織は4人のサンタの派遣を決定した。
サンタクロース刀殺法、師走・クリスティーナ・美代。
サンタクロース銃殺法、ジョン・サンダース。
サンタクロース槍殺法、黒井鋼治
サンタクロース忍法、赤木鳩美。
4人は去年に実戦を経験したばかりの新人達だったが、見事悪魔を倒して子供を守りきった。
夢見町の駅に4人は集結した。
「みなさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
普段はミッション系の全寮制学校に通う鳩美は穏やかな物腰で挨拶する。彼女はキリスト教徒であり忍者であり、そしてサンタだ。
「去年のクリスマスはみんな生き残って良かったよ。みんなの実力は信じていたが、戦いはいつも万が一があるからな」
ジョンは幼いころに両親を悪魔に殺された。ジョンも悪魔に喰らわれようとしたが、そこにサンタが助けてくれた。
以来、そのサンタはジョンの養父となり、またサンタクロース銃殺法を伝授した。
「今年はみんなと戦えて嬉しいわ」
美代の母は華道と茶道、そして剣道の大家である師走家に嫁いできたフランス人だ。その血を強く受け継ぐ美代は、金糸のような髪と宝石のような青い瞳を持つ。
そんな彼女は物心ついた時から着物に袖を通していたので、日本人からかけ離れた容姿でありながら、着物を自然体で着こなしている。
「1箇所に複数を送り込んでくるという事は、地獄側が変わりつつあるみたいだな」
鋼治はサンタクロース槍殺法の使い手の中で、最も将来有望と期待される少年だ。もしロンギヌスの槍が現存しているのなら、所有者候補に選ばれたと言われるほどだ。
若き4人のサンタはいわば同期だ。彼らはそれぞれ異なる武術を習得しているが、その以前にはサンタとしての基礎訓練を共に受けた。彼らは共に励まし合いながら過酷な基礎訓練を乗り越え、そして挑戦者の殆どが脱落するサンタクロース認定試験に合格したのだ。
キリスト教ではクリスマス・イブまでの約4週間をアドベンド期間と呼ぶが、サンタ組織はこの期間に戦いの準備をする。
主に戦場となる地域の地理把握や、悪魔のみに反応するクリスマス用地雷の設置、一般人が悪魔出現ポイントに近寄らないようにする各種情報工作などが行われるが、これを担当サンタ一人が行ないわけではない。
こう言った活動をするための支援部隊がサンタ組織には存在する。
すでに夢見町には第6支援部隊が派遣されて拠点を密かに作っている。4人のサンタはそこへと向かった。
「上層部はだいぶ判断力が鈍ったと見える。貴様らみたいな若造どもを派遣してくるとはな」
第6支援部隊の隊長、鬼影は陰険な上司そのもので、昨年のクリスマスで立派に勤めを果たした若きサンタ達を露骨に見下していた。
「だが安心するが良い。この現場が私が仕切る。私の完璧の作戦立案があれば、お前達のような凡愚でも立派に戦えるだろう」
「越権行為だぞ。現場判断は悪魔と直接戦うサンタが行うのが規則だ」
ジョンが反論するが、鬼影は鼻で笑った。
「はっ! 良いか。規則なんて言うものは無能でもそれなりの働けるようにするためにあるのだ。私のように真に優秀な者がその能力を正しく発揮するためなら、規則などいくらでも曲げて良いのだよ」
「おい!」
鋼治が鬼影に掴み掛かろうと1歩前に出た後。影の薄い男が割って入ってきた。
「まあまあまあ、落ち着いて。うちの隊長は悪魔を確実に倒したい気持ちが強いだけなんです」
間に入って仲裁しようとしたのは副隊長の山田だ。
「隊長は昔、かなりデキるサンタだったんです。悪魔と戦った時の怪我の後遺症さえなければ今でもバリバリ悪魔を倒してましたよ。それくらい優秀な人なんでどうか隊長を信じて指示に従ってくれませんかね?」
山田は笑みを浮かべる。本人は愛想が良いつもりなのだろうが、しかし若きサンタ達にとっては媚びを売るような品の悪い笑みとしか思えなかった。
「他人の自己顕示欲のために働きたくないわ」
「俺たちはサンタとしての責任を他人に差し出すつもりはない」
「どんなに優秀だろうと、自分のためにルールを捻じ曲げようとする人を信用出来ません」
「だいたい、優秀なら何やっても良いと考えてる奴に優秀な奴なんていないと思うがな」
若きサンタ達は明確に鬼影に対して拒絶の姿勢を見せた。
「小僧、小娘の分際で……! いいだろう、好きにしろ。私の価値を嫌というほど分からせてやる!」
それから鬼影は支援部隊をサボタージュさせるというあまりにも幼稚な手段に出てきた。
若きサンタ達はもとより覚悟の上だった。今回は4人チームを組むというのも幸いして、どうにか支援部隊無しでも悪魔討伐の準備は進められる。
当然、面白くないのは鬼影であった。
「ここまでやっても理解しないとは。だったら最終手段だ。山田! あいつらに嘘の出現ポイントを教えろ!」
「隊長!? いくら何でもそれはまずいですよ。上にバレたらあなただってただじゃすみませんよ」
「私の優秀さを持ってすれば偽装工作など容易いし、上層部には私の父もいる。その気になればお前を更迭させることだってできるんだぞ。それが嫌なら私の指示に従え」
「……」
「返事は!?」
「了解しました」
●
12月24日になった。若きサンタ達は悪魔が出現するポイントへと向かう。町外れの丘にある自然公園がそこだ。
その時、鬼影からの耳障りな通信が入った。
『貴様ら! どこへ行く! そっちは出現ポイントじゃない!』
怒りとわずかに焦りがこもった声だ。
「あんたの言葉に耳を貸すつもりはないわ」
美代が突き放すように言う。
「山田副隊長が本当の出現ポイントを教えてくれたんだよ」
『ジョン・サンダース! 私はお前の父親代わりである師匠を更迭させられるんだぞ』
「更迭されるのはあなたです。すでにあなたにはなんの権力もありません」
『どういう意味だ、赤木鳩美!』
「私はサンタの忍者です。忍者とは本来、諜報員。あなたが頼りにしているお父上がサンタ組織の運営資金を横領している証拠をブラックサンタに提出しました」
通信機越しに鬼影が息を呑むのが聞こえた。
ブラックサンタはサンタ組織の秩序を維持するサンタ警察だ。
『……そ、そんな幼稚なはったりが通用するとでも』
「鳩美の仕事に間違いはないさ。今のうちに身辺整理でもしておくんだな。ブラックサンタからは絶対に逃げられない」
最後に鋼治が突き放すように言って若きサンタ達は通信機の電源を落とした。これから悪魔と戦おうと言うのだ。集中力を乱す雑音は遮っておきたい。
彼らは出現ポイントにたどり着き、12月25日を待つ。
そして悪魔が現れた。事前の情報通り確かに4体現れた。
「な、サンタだと!?」
「話が違うぞ!」
「くそ、あいつ、騙しやがったな」
「けど、新人だ! チャンスはあるはずだ」
なぜか悪魔達はサンタがいるのに驚いていた。サンタは悪魔と戦い続けてきたのだ。現界した直後からサンタと遭遇するのは悪魔にとって常識のはずだ。
敵の様子に違和感を覚えつつも若きサンタ達は使命を果たすために戦い始めた。
戦いは数十秒で終わった。
「なんかおかしくないか?」
塵となった悪魔の死骸を見ながらジョンは言う。
「確かにあの悪魔達の様子はおかしかったわ。鋼治はどう思う?」
「俺もおかしいと思う」
若きサンタ達はある懸念があった。その懸念を鳩美が口に出す。
「出現した時の様子から見て、彼らはサンタと戦わずに済むと思っていたのでしょう」
それはつまり
「サンタ組織に内通者がいて、彼らを安全に現界させようと手引していた可能性があります」
「あらら、もうバレちゃいましたか」
山田副隊長が姿を見せる。
「あなた内通者?」
美代が腰の刀を抜刀しながら問う。
「そういう事です。ただし、目的はザコどもを安全に現界させる事じゃありません。あの悪魔達はいわば撒き餌ですよ。私はあなた達を一箇所に集めたかった」
山田が若きサンタ達を指差す。
「誰にでも成長の上限ってものがありますよね。それを取っ払うには特別な方法が必要なわけです。で、その方法が人間の魂を生贄に捧げるというものなんですけどね、誰でも良いわけじゃない。あなた達みたいな若くて強い魂じゃなきゃ、力の足しにならないんですよ」
山田が話していると彼の体に異変が生じた。体が徐々に大きくなり、服が内側から裂ける。肌は黒くなり、額から角が生え、背中からはコウモリのような翼が生えた。
山田は悪魔になった。
「その姿、ロンギヌスの槍を破壊した大悪魔……」
鳩美がつぶやく。
「俺の人相をよく知ってるな。あまり素顔を人間には見せていなかったが……まあいい、とにかく準備は整った」
大悪魔が何らかの魔術を行使した。大悪魔の足元に禍々しい光を放つ巨大な魔方陣が出現する。
「儀式が発動した。俺の見込みは間違いじゃなかった。後はお前達を倒すだけだ」
最初に動いたのはジョンだった。腰にある2丁のサンタ用拳銃、ニコラウスX7を抜いて連射する。
大悪魔は腕で防御した。悪魔の皮膚、特に下腕部は弾丸を弾くほどに硬い。
「銃は人間の発明品の中でもかなり強力な武器だ。いずれ銃を使う悪魔も出てくるだろう」
大悪魔が言う。
「だが、決められた威力しか発揮出来ない銃は、最終的に弱者が実力をごまかすための道具に成り下がる。銃は無視出来ない武器だが、もっと警戒すべきなのは……」
美代と鋼治が左右から挟み撃ちするように攻撃してくる。
大悪魔はこの二人の攻撃も腕で防御した。刀と槍の刃が大悪魔の皮膚へわずかに食い込む。
「……っ、痛いな。呼吸法で超人化したサンタが昔ながらの武器を使う。こういうのが一番危ないんだ」
美代と鋼治はそのまま自分の武器を押し込もうとするが、大悪魔の方がわずかに力が勝っていた。
わずかだが膠着状態が生じた。その間にジョンが武器を持ち替える。サンタ用グレネードランチャー、ニカイアG3だ。
銃口から炸裂弾が飛び出したのと、美代と鋼治が離脱したのは同時だった。アドベント期間中に連携の特訓をしていたので、声を出さずとも息は合わせられる。
「チッ」
ジョンが舌打ちする。超人化した彼の動体視力は大悪魔が着弾の直前に氷の魔術で遮蔽物を生成していたのを見ていた。
爆煙の中から大悪魔が姿を見せる。氷の魔術では防ぎきれずに負傷しているが、悪魔の生命力なら1、2分で完治する程度の傷だ。
その時、大悪魔がその場から飛び退る。彼が先ほどまで立っていたところに、クナイが突き刺さった。
「大悪魔とあろうものが、そんな小さな刃物に怯えてみっともなく避けるのですね」
いつの間にか樹上にいた鳩美が冷淡な目で大悪魔を見下ろしていた。
「ああ、怖いね。忍者が使う武器なんだから毒を塗っているに決まってる。俺はお前の挑発には乗らないぞ。サンタクロース忍法は心の隙を突く戦闘用の心理術だ。俺はサンタに勝つためにあらゆる学問や技術を身につけた。当然、冷静さを保つためのアンガーマネジメントも勉強済みさ」
事実、大悪魔は人間に見下されたのに全く怒りを覚えていなかった。
「相手を怒らせるだけがサンタクロース忍法とは思わないで下さい」
「当然だ。俺はお前達に油断しない。いや、出来ないと言った方が正しいか。なぜならお前達をここに集めたのは、俺に勝てる可能性を持つサンタだからだ」
大悪魔の言葉に、若きサンタ達が訝しむ。
「3人では俺が確実に勝つ。5人では俺が確実に負ける。お前達が4人揃うのが重要なのだ。俺が仕掛けているこの儀式は、自分と互角の戦力が揃わなければ発動しない」
大悪魔は地面の魔方陣を足の先でつついた。
「本来以上の強さを身につけるんだ。自分の命を掛け金にしないと帳尻が合わないのは当然だ」
「なぜそんな危険な賭けをしてまで強くなるの?」
美代が言う。
「強くなる余地がある以上、俺は弱い。弱いままでいるくらいなら死んだ方がマシだ」
真剣そのもので言う大悪魔を見て、若きサンタ達に戦慄が走る。
元来、悪魔が強さを求めるのは死なないようにするためだ。だが、大悪魔は違った。強くなるためならば死ぬリスクすら許容している。
「さて、戦いを再開するか。まずは……一番目障りな奴からだ!」
大悪魔がジョンに接近した。遠距離攻撃手段を持つ者から仕留めるつもりだ!
ジョンはニカイアG3をその場に落として、再びニコラウスX7を握る。
銃は離れた敵を殺すための道具だが、サンタクロース銃殺法の極意は至近距離での射撃戦にこそある。
大悪魔が放つ連続打撃は、半人前のサンタなら1秒すら持たない熾烈なものだったが、ジョンは紙一重でしのぎつつ銃で反撃した。
悪魔の皮膚が銃弾を弾くのは限られた部位のみだ。ジョンは相手の柔らかい部位を狙って撃っている。
しかし大悪魔は最も硬い部位である下腕部を使ってジョンの銃撃をことごとく弾いてしまう。
美代、鋼治、鳩美も戦いに加わる。弾丸が飛び交う格闘戦に飛び込むのは常人なら自殺行為に等しいが、ジョンは味方を誤射しないし、他の若きサンタ達も射線に入るような愚を犯さない。
ここで大悪魔は大胆な行動に出た。防御を捨てたのだ。強力な生命力を持つ悪魔だからこそ出来る捨て身の戦法だ。
ジョンの弾丸、美代の刀、鋼治の槍、鳩美のクナイ。若きサンタ達の攻撃が大悪魔に直撃するが、絶命には至らなかった。
「もらった!」
炎や電撃を纏った拳と蹴りが若きサンタ達に叩きつけられる。彼らは血を吐きながら見えない糸で引っ張られたかのようにふっとばされる。
だが彼らも一流のサンタだ。痛みを無視する訓練は受けている。決して軽くはない傷だが、それでもすぐに次の攻撃へ移った。
鳩美が手裏剣を連続投擲し、ジョンが銃を連射する。
「さっきよりも攻撃がぬるいぞ!」
大悪魔は安々と手裏剣と銃弾を回避する。
サンタ達に深手を追わせて優勢に立った大悪魔だが、捨て身の戦法を使ったことで彼も無視できない重傷を負っている。
あと一発でもサンタの全力攻撃を受ければ、状況は一瞬で逆転されてしまう。
そのせいで、この時の大悪魔は焦っていた。
空中で弾丸が一つ、手裏剣に命中する。弾丸は弾かれて更にまた別の手裏剣に命中する。数度の跳弾を経て、弾丸は大悪魔の右目に突き刺さった。
「しまった!」
美代と鋼治が地を蹴る。
「くそ!」
大悪魔は炎と雷の魔術を左右の手から発動させ二人を迎撃しようとする。しかし美代と鋼治はサンタ戦闘服を焦がしながらも、魔術攻撃を回避した。いかに大悪魔と言えど、突然片目を失った状態では遠近感をつかめずに正確に狙えなかったのだ。
美代も鋼治も内蔵が傷つくほどの痛手を受けているが、二人の技は少しも鈍っていない 強靭な皮膚を持つ悪魔でも関節はその限りではない。美代の刀と鋼治の槍が肩の付け根を切断する。
大悪魔の腕が宙を舞った。
「イィィィィヤァァァァ!!」
鳩美が叫びながら両手で握ったクナイを振るう。がら空きとなった大悪魔の喉を切り裂いた。
血が噴水のように吹き出し、鳩美のサンタ忍者装束をどす黒い赤に染める。
「兄さん……やっぱり俺は強くなれなかったよ……」
大悪魔と言えどもこれは致命傷だった。彼は膝から崩れ落ちるように倒れ、そしてその死体は黒い塵となって消えた。
「みんな、まだ動ける?」
「ああ、俺はなんとか。鳩美と鋼治は?」
「私も少しだけなら」
「俺もギリギリだが歩ける」
若きサンタ達は重傷の身をおして、互いに肩を貸し合いながら戦場となった自然公園の展望台へと向かった。
すでに深夜なので住宅街の殆どは明かりが消えている。
このこの子供達はきっとクリスマスプレゼントを楽しみにしながら眠っているだろう。
若きサンタ達はこのために戦ったのだ。これを見てようやく、サンタのクリスマスは終わるのだ
全ては安らかな夜のため。
悪魔に脅かされずに眠れる夜というクリスマスプレゼントを若きサンタ達は今年も贈る事が出来たのだ。
使命を果たした誇らしい気持ちが、若きサンタ達に傷の痛みを一時だけ忘れさせてくれた。
終わり
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