39話 旅の終わり4
「あんまりですよコウチロウ様! 何かあれば手助けすると言ったでしょう!」
強化ホムンクルスをばったばったと切り捨てながらジェーンは言う。さすがレアスキルを二つも持つだけは有る。
「すみません、ジェーン殿下。こっちにも色々事情がありまして」
「まあ、巨大ゴーレムを容易に倒せる力をお持ちなら、みだりに公言したくないのは分かります」
ジェーンは戦闘音がする先を見る。防壁に遮られてRGの姿は見えないだろうが、トラベラーがこの異世界基準で一国に匹敵する力を持つことは分かっているだろう。
「まあわたくしは、しがない作家のジェーン・スミスですから国になにか言うことなどありません」
「ありがとう、ジェーン」
王女ではなくただのジェーンとして扱ってほしいというニュアンスを感じ取った俺は、旅で出会った友人に対して礼を言う。
「コウチロウ殿! あの時の恩を今返そう!」
ソフィアが強化ホムンクルスの懐に飛び込む。
「でぇい!!」
裂帛の気合から振り下ろされたソフィアの一撃は、強化ホムンクルスを鎧ごと真っ二つにした。
スピードとパワー。そのどちらも常人を遥かに超えている。
「この短期間ですごく強くなったな」
「ああ! ヤルリンゴでそなたと別れた後、第2の魔王軍を探すクリエ殿と出会って、活性心肺法を教えてもらった。私だけでなく、ライラ殿とミケもだ」
ソフィアが視線を向ける先で、ちょうどライラとミケが戦っていた。
ミケが尋常ならざる連射力で放った矢は、十数体もの強化ホムンクルスに襲いかかる。威力は凄まじく、鎧を貫通して突き刺さるほどだ。
だが強化ホムンクルスの生命力はなかなか高く、矢が刺さってもまだ動いていた。
「みゃ! タフなやつです!」
「任せて!」
ライラが杖を振るい、電撃の魔法を放つ。
よく見ればミケの矢は金属製だ。突き刺さった矢が避雷針となり強化ホムンクルスの体内に強力な電気が流れ込む。
強化ホムンクルスの鎧は対魔法加工がされているが、ああやって電気を直接体内に送り込まれてはひとたまりもない。
電熱で肉が焦げる匂いを漂わせながら、強化ホムンクルスがバタバタと倒れる。
もちろんその間もソフィアはばったばったと他の敵を倒している。
「イヤーッ!」
「チェストー!」
「キエーッ!」
彼女が叫びながら剣を振るうたびに、強化ホムンクルスの首や胴が軽快に宙を舞う。技量の精密さに少し粗があるものの、ことパワーに限っては俺を超えているかもしれない。
歴史的な剛剣使いの誕生を目の当たりにしているのかも。けど気合の出し方はちょっと考えたほうが良いぞ
活性心肺法を習得したことで、ソフィアたち三人はあのときとは見違えるほど成長した。
3人がAAA級冒険者になるのは間違いないだろう。
次は仁也さんの仲間たちだった3人だ。
ジェーンは先読み、ソフィアはパワーだが、クリエさんはスピードの剣士だ。
キャトのしなやかな筋肉から生まれる瞬発力で、彼女は色付きの風になった。
尋常じゃないスピードで次々と剣を振るうその姿は、常人が見れば複数の攻撃が1回にしか見えないかもしれない。
もちろん、他の二人も負けていない。
マテリアさんは〈空間拡張〉を応用し、二つの亜空間へ通じる穴を生成する。片方の穴に熱線が入ると、もう片方からその熱線が飛び出して敵に返っていく。
かつて荷物運びにしか使えないと称されたレアスキルは、強力な反撃能力に変貌している。
そしてマーティンさんは本人こそ直接敵を倒す数は少ないが、あらゆるコモンスキルを駆使して味方全員を援護する。
土の魔法で強化ホムンクルスの熱線を防ぐ遮蔽物を生み出す。
錬金の魔法でガードレールや標識の鉄柱からミケが使う金属矢を補充する。
氷の魔法で路面を凍らせて敵の動きを鈍らせる。
味方が負傷したら、即座に回復の魔法を使う。
マーティンさんのおかげで、味方全員が不備なく全力を発揮できている。
「さあ、コウチロウ殿! ここは我々に任せてあなたはジャスティンを討ちに行ってください!」
「みんな、ありがとう!」
ジェーンの言葉に背中を押された俺は、まっすぐに街の中心部へと向かった。
皆が激しく暴れてくれたおかげで、かなり楽に進める。
もちろん、敵と遭遇するもののかなり少ない。おそらく戦力の大部分をジェーンたちに差し向けているのだろう。
やがて遺伝子改造施設にたどり着く。
不思議なことに、周囲には強化ホムンクルスの姿が全く見えない。
施設内で防衛に徹するつもりだろうか? ともかく俺は慎重に足を踏み入れた。
遺伝子改造施設は清潔感の有る白を基調とした内装で、病院を連想させる。人の体を改造するのである意味では医療施設とも言える。
全神経を集中させて敵の気配を探るが、強化ホムンクルスが隠れている様子はない。
更に奥へと進むと開けた場所に出た。
棺桶を想起させるガラス製の医療カプセルがずらりと並ぶ。
奥にフード付きの外套をまとった人影が見える。
「ジャスティン!」
俺は迷わず腰のブラスターガンを抜いて射撃する!
だが魔法の熱線は外套に穴を開けただけで、本人にはなんの痛手も与えてなかった。
ジャスティンが外套を脱ぎ捨てる。
奴の人種は本来ネモッドだが、今は額から暗闇を物質化したかのようなどす黒い角が二本生えている。
すでにジャスティンは完全な魔族となっていた。
「無駄だ。そんなチンケなおもちゃじゃ、かすり傷一つ付かない」
俺はアビリティCPを発動させ、ジャスティンのスキルを調べる。
事前情報ではジャスティンのスキルは3つで、そのすべてレアスキルだ。
すべての戦闘技能を習得する〈勇者〉
あらゆる道具や設備の使い方をすぐに理解する〈即時慣熟〉
運動能力を上げる〈高度肉体強化〉
だが今は違う。
〈勇者〉と〈即時慣熟〉はそのまま。だが〈高度肉体強化〉が消え、代わりにすべての魔法が使える〈全魔法制御〉と敵の行動をある程度予測する〈心眼〉、そして〈魔法攻撃無効〉の3つが追加されていた。
「遅かったな。俺はほんの数分前に魔族への変身が終わった。魔族の体でありつつ望むスキルが付与される遺伝子パターンの解析に何年もかかったが、手間ひまかけたかいはあった」
何年もということは、ジャスティンは復活した後にここを踏破し、そして魔族になれるまでずっと潜伏していたのか。
魔族に変身したジャスティンはいやみったらしい笑みを浮かべつつ、まるで勝利宣言のように言った。
「俺がなんでクローンによる蘇生法を捨ててまで、この体にこだわったかわかるか?」
「さあな」
ジャスティンは随分と饒舌だ。新しい肉体を自慢したくて仕方ないんだろう。
「死んだら生き返るのは良い。だがな、負けちゃ意味ねえんだよ。お前にわかるか? スキルを持たないクズに負けた俺の気持ちが」
やつが言ってるのは仁也さんとの戦いのことだろう。相当悔しかったらしく、奴は足を踏み鳴らして、床に蜘蛛の巣状のヒビを作った。
「蘇生法? 生き返っても負け犬じゃ意味がない!」
ジャスティンが右手を掲げる。すると念動の魔法を使ったのか、どこからともなく剣がやってきた。
「もう誰にも、俺に向かって”ざまぁ”とは言わせねえ!」
ジャスティンは剣を抜き、その切っ先を俺に向ける。
●Tips
ジャスティン・ジャックマン
第2の魔王軍のリーダー。
〈勇者〉のスキルを持つがその人間性は勇者とは程遠く、人類を裏切った後はおぞましき邪悪の二つ名で忌み嫌われる用になる。
異常なほどに他人を見下すことにこだわる性格。剣仁也に破れた後、二度と「ざまぁ」と言われないために、クローンによる蘇生を捨ててまで魔族の肉体を得た。
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