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第13話 水魔法刀殺法・人魚姫後編

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 武闘会も残り10日となりました。
 ハンスからは貿易で得た品物を王都へ送るため、街道が整備されています。そのため王都へ向かう武闘姫たちが町を訪れますが、人魚姫に戦うものはいません。
 そもそも人魚姫は武闘会に参加していません。なのでわざわざ彼女と戦いたがるものなど誰もいないのです。
 ただし、シンデレラを除いて。
 
「あなたに勝負を申し込みたい」
「アンタ何いってんだ」

 人魚姫が昼間から酒場でお酒を飲んでいると、シンデレラがふらりと現れてそんな事を言ってきました。
 
「だいたい~アタシゃ武闘会なんかにゃー出てないんだよ」

 かなりお酒を飲んでいるせいか、人魚姫はろれつが回っていません。
 
「あなたが武闘会に出ているかなど関係ない。ただ純粋に勝負がしたいの」
「いーや、だね。アタシはーテメーなんかと勝負するより酒が飲みたいんだよ」

 人魚姫はコップに残っていたお酒をぐいっと飲み干しました。そして気を失うかのように眠ってしまいます。
 
「ちょっと」

 シンデレラは揺さぶって起こそうとしますが、人魚姫は眠ったままです。
 
「悪いけど今日はそっとしておいてあげて」

 酒場の女将さんが人魚姫に毛布をかけてあげます。
 
「彼女はちょっと前に辛いことがあってね。しっかりした人だからすぐ元通りになるはずよ」
「……」

 シンデレラはテーブルに突っ伏してグウグウと寝ている人魚姫を見ます。
 
「出直すわ」

 酒場を出たシンデレラはハンスでの宿を探し始めます。
 
「ねえ、武闘会が終わるまであと10日しか無いんだよ。参加者でもない人と勝負する暇なんてあるの?」

 肩に止まるハピネス371が苦言します。
 
「関係ない。そもそも私は強い人と戦うために武闘会に参加している」

 逆にいえば、シンデレラにとって強い人とさえ戦えれば、武闘会での結果など関係ないのです。
 
「人魚姫は水中での戦いでは無敵と聞くわ。戦わない理由などどこにもない」
「……もう好きにしなよ」

 武闘会が始まっていつも一緒にいるハピネス371は、もう仕方ないと諦めてしまいました。
 

 その日の夜、流石に飲みすぎたと反省した人魚姫は、夜風に当たって酔を覚まそうと思いました。
 あてもなく歩いていると、いつの間にかジョンと戦ったあの桟橋に行き着いてしまいました。
 
「チッ、もう終わったことだろうが」

 人魚姫は自分に対して悪態をつくと、桟橋に腰掛けて夜の海を眺めます。
 
「隣、いいかな?」

 少ししていきなり話しかけられます。

「!」

 人魚姫は驚きのあまり酔いが完全に覚めました。
 酒が入っていたとはいえ、人魚姫は一流の武闘姫です。武闘礼装に身を包んでいなくとも、誰かが近づく気配くらい簡単に察知できます。
 ですが、今隣りに座った相手は、こんな至近距離になるまで人魚姫に全く気配を悟らせなかったのです。
 そして何より驚くべきことは、完璧なまでに気配を隠して接近してきたのが、チャーミング王子だということです。
 
「王子、なぜこんなところに?」
「君にお願いしたいことがあってね」

 王子がニコリと笑うと、人魚姫は夜風がさっきより冷たく感じました。
 
「昼間にシンデレラって子が来ただろう? あの子と戦ってほしんだ。勝ち負けは問わない。ただ全力で戦ってくれればそれでいい」
「アタシは武闘会の参加者じゃありませんよ」
「うん、分かってるよ。武闘姫は必ずしも武闘会へ参加するとは限らない」

 王子は「でもね」と言います。
 
「それを承知で戦ってほしんだ。そのために、武闘会の開催に合わせて君に休暇を取らせたんだよ。いつシンデレラが来ても戦えるように、ね」

 休暇をもらった時、人魚姫はそれを疑問に思いました。いくら主だった海賊を全滅させたとはいえ、人魚姫は貴重な戦力。1ヶ月も遊ばせておくのは国として都合が悪いはずです。
 その理由が今わかりました。武闘会の期間中、いつでもシンデレラと勝負ができるようにするため。ただそれだけの理由で、王子は長い休暇を人魚姫に与えていたのです。

「僕のお願い、聞いてくれるかな?」
「ええ。分かりました」

 これは命令であると人魚姫は感じ取りました。
 同時に彼女の心に活力が戻ってきました。
 昼間はあんなにやる気がなかったのに、今はすぐにでもシンデレラと戦っても良いと思うほどです。
 
 人魚姫は海兵です。命令を遂行するために戦うのが仕事です。お願いという形で与えられた、王子からの”命令”。果たさねばならぬ仕事があるという状況が人魚姫を本来の彼女へと戻したのです。
 人魚姫は安堵すら覚えました。
 
「それじゃよろしく頼むよ」

 王子は夜の闇の中へ溶けるように立ち去りました。
 

 翌日、再び人魚姫を訪ねようと宿を出たシンデレラですが、なんと宿の入口で人魚姫が待っていました。
 
「事情が変わった。アンタとの勝負、受けてやる」
「ありがとう」
「礼はいらない。一応、仕事の一環だ」

 戦いの巻き添えが出ないよう、二人は町から離れた海岸線に場所を移します。
 
「「ドレス・アップ」」

 シンデレラと人魚姫が同時に武闘礼装をまといます。
 先に動いたのはシンデレラでした。ガラスの時間を使って一瞬で間合いを詰めます。
 シンデレラは拳を突き出しますが、返ってきたのは衝撃が霧散するような手応えでした。
 人魚姫の魔法によって生み出された水が打撃を防いだのです。
 チョップや蹴りも試して見ますが結果は同じでした。シンデレラは有効な打撃を与えられません。
 
 どうにかして水の防御を掻い潜る必要はありました。シンデレラはガラスの時間のスピードを活かしつつ、フェイントを混ぜて攻撃していきます。
 ですが水の魔法の達人である人魚姫は、意識を向ける一瞬さえあれば即座に水塊を生み出して、シンデレラの攻撃を防ぎます。
 
 一見すると人魚姫が優勢のように見えるでしょう。シンデレラの攻撃は全く通用していないので、一瞬の隙きを見つけて反撃すれば人魚姫が勝てる。”素人ならば”そう考えるでしょ。

(まずいな)

 実際の人魚姫は”追い詰められている”と感じていました。
 防御はできています。しかしそれは集中力を全て注ぎ込んでいるからです。
 攻撃や反撃をしようと少しでも意識をそちらに向けてしまえば、人魚姫はシンデレラの攻めに対応できなくなって手痛い一撃を受けてしまう状況にありました。

(今日まで武闘会に勝ち残ったヤツなだけある)

 人魚姫は海賊に成り下がった武闘姫と戦ったこともありますが、彼女たちが素人拳法家に思えてしまうほど、シンデレラの力は凄まじいものでした。
 このままでは千日手です。
 いえ、水の魔法をこの精度でコントロールするのは凄まじい精神力を要求されます。いずれシンデレラの攻撃に対応できなくなるでしょう。
 
 王子からの命令はシンデレラと戦うだけというものなので、すでに目的を果たしています。
 しかし戦うからには勝つ。海兵としても武闘姫としても人魚姫にそれ以外の選択はありません。
 シンデレラが水平チョップを繰り出します。
 それを人魚姫は水の魔法ではなく、自分の腕を使って防御しました。

「うぐ!」

 いくら防御が間に合ったとはいえ、シンデレラは身体能力を強化するガラスの時間を使っているのです。凄まじい衝撃が人魚姫の腕に襲いかかり、骨にかすかなヒビを入れました。
 シンデレラはようやく相手に痛手を与えるられました。

「!」

 しかしシンデレラはこれを”成功”であると感じません。
 あえて水の魔法を使わなかったのは間違いなく理由があるはずです。シンデレラは、急いでチョップを戻そうとしますが、一瞬早く人魚姫が彼女の腕を掴みました。
 直後、横合いから巨大な水の蛇が二人を同時に飲み込みます。

 二人を飲み込んだ水の大蛇は海へと飛び込みます。
 人魚姫は水の魔法を使わなかったのではありません! シンデレラを水中に引きずり込むために、水の大蛇を作っていたのです。!
 
 人魚姫の武闘礼装が人魚形態に変形します。
 こうなってしまえばもはや人魚姫の独壇場でした。
 海中を縦横無尽に泳ぎ回る人魚姫は、密度を強めて水中でも相手を斬れるようにした水のカトラスを振るい、シンデレラを攻撃していきます。
 
 シンデレラは全力で防御します。
 かつてアリスの空中殺法を受けた事があり、今はそれと似た状況ですが、水の抵抗がある分、空中よりも遥かに動きにくい状況でした。
 どんなに頑張って防御しても、完全には程遠く、無数のかすり傷を受けていまいます。
 このままシンデレラは敗北してしまうのでしょうか!?
 

 チャーミング王子はハピネス371の視界とつなげた魔法の水晶玉を使ってシンデレラの戦いを見ていました。
 驚くほど透き通った海は、上空からでも海中の戦いがはっきりと見えます。

「さあどうするシンデレラ」

 王子は水中でもがく彼女をみてつぶやきます。

「水中戦において人魚姫は無敵だ。君の本性を隠したままじゃ絶対に勝てないよ」
 
 王子は情熱的な、しかし狂気で濁った眼差しをシンデレラに向けます。
 
「ありのままの君を見せてくれ」

 地上での攻防ですでにシンデレラは一流と分かった人魚姫ですが、ここであらためて驚かされていました。
 シンデレラは人魚姫の攻撃を防御しようとしますが、完全ではなくかすり傷を受けます。逆に言えば、致命的な一撃をことごとく首皮一枚で防いでいるとも言えます。
 とはいえ、水の魔法で水中呼吸が出来る人魚姫と違い、シンデレラは息を止めていなければなりません。

「負けを認めて変身を解除しろ! そうしたら海から引き上げてやる」

 水の魔法を応用して人魚姫は自分の言葉を水中でも伝えられるようにします。
 しかし、シンデレラは首を横に振って拒絶しました。
 かと言って人魚姫はシンデレラを一息に倒すだけの力は持っていません。

 人魚姫にとっては満足のいかない結果です。そのつもりはないとはいえ、結果的に相手をなぶって窒息するのを待つという形になってしまいました。
 こんな情けない方法でしか勝てないのであるなら、「無敵の海兵」の称号は返上しなければならないと人魚姫は思いました。
 その時です。
 
 人魚姫はシンデレラの武闘礼装の色が白と黒から灰色に変化したのが見えました。
 直後、海が消滅します。
 正確には海がまっぷたつに割れて、人魚姫とシンデレラの周囲にある海水がなくなったのです。
 
「なに!?」

 突然、空中に投げ出されたも同然の人魚姫は露出した海底めがけて落下していきます。
 もちろん、それを見逃すシンデレラではありません。
 割れた海の断面を蹴り、落下中の人魚姫に迫ります!
 
 不思議なことに、その時のシンデレラの武闘礼装は元の白と黒に戻っていました。
 武闘礼装が灰色になった瞬間、人魚姫はシンデレラがチョップで海を割ったように見えましたが、それ以上のことは分かりません。
 
 そしてシンデレラの飛び蹴りが人魚姫に突き刺さります。
 ずっと海で戦ってきた人魚姫がとっさに空中で防御できるはずもなく、無抵抗の直撃によって意識をふっとばされてしまいました。
 目が覚めた時、人魚姫は浜辺で横たわっていました。
 
「目が覚めたようね」

 傍らにはシンデレラがいました。彼女が海から地上まで引っ張ってくれたのでしょう。
 
「あんな力があるなら、なぜ最初から使わなかった」
「秘密よ」

 シンデレラはそれ以上答えませんでした。
 
「そうかい」

 流派によっては条件を満たさなければ使えない技や魔法があります。そんな致命的な情報を、気安く他人に話すはずがないので、人魚姫はそれ以上問い詰めませんでした。

「それよりも、戦ってくれてありがとう」

 シンデレラは人魚姫に手を差し伸べます。人魚姫はそれを掴んで立ち上がります。
 
「別にいいさ。戦う前にも行ったが仕事の一環だ。それに最近ちょっとモヤモヤしてたから、思いっきり暴れてスッキリできた」

 人魚姫は複雑に絡み合っていた糸が綺麗にほぐれたような気分でした。ジョンとのことは、思い出の一つとして心の本棚にしまって置けるような気がしました。
 少なくとも明日からいつもどおりの日常を送れると、人魚姫は密かに安堵します。
 
「私はもう行くわ」
「そうか。気をつけろよ。もしアンタが女王になったら、アタシの給料を上げとくれ」
「約束する。私のワガママに付き合ってくれたのだから」

 人魚姫は冗談のつもりでそう言いましたが、シンデレラは大真面目な顔で返してきました。
 王都へ向かうシンデレラの背中を見て、人魚姫はずる賢い武闘姫が相手だと、彼女はかなり不利ではないかと少し心配になりました。


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