42話 旅の終わり7
俺はすでにジャスティンの手の内をトラベラーに伝えている。電撃手裏剣の豪雨は〈魔法攻撃無効〉スキルを持たない彼女にとって最も危険だ。
なのでもう、対応は準備済みだ。
トラベラーは離れた場所に向かって矢を打ち込む。すると全ての電撃手裏剣がその矢に集中していった。
あの矢は以前見せてもらったことが有る。避雷針効果を持つ対電撃防御用の矢だ。
電撃手裏剣が不発に終わったので、次にジャスティンは炎属性の魔法を連射しながら突進してきた。火球や炎の剣が次々と襲いかかるが、電撃手裏剣の程の密度はなく、〈攻撃魔法無効〉をコピーした俺が体を立てにしてトラベラーを守る。
その間にトラベラーが矢を放つ。
それはまっすぐとジャスティンへと向かっていくが、奴は避けずに左腕で顔を防御だけに留める。
矢の一本程度、直撃したところで魔族の体ならさほど痛手にはならない。強引に接近し、至近距離で広範囲の炎属性魔法でも放ってトラベラーを仕留める。ジャスティンはそんなふうに考えているのだろう。
甘い。
トラベラーの矢がジャスティンの左腕に刺さった瞬間、爆発する。
生命力あふれる魔族の体といえど、腕が千切れればジャスティンも激痛の悲鳴を上げた。
「ちくしょう! なんでだ! なんでなんだよ! 俺は最強になったんだぞ!」
喚き散らしながらもジャスティンは魔法で腕を再生させた。
ジャスティンは天才だ。それに魔族の体も有る。世界最強になるのも夢じゃないだろう。だが、やつ生来の傲慢さが、痛い目を見ないとわからないという致命的欠陥をもたらしている。
「確かにお前は最強だ。認めるよ。だがなジャスティン、お前は一人だから勝てない。第二の魔王軍の連中と離れるべきじゃなかったな」
「仲間の絆の力とでも言うつもりか!? あんなのは頭の中が花畑になっている奴らの妄想だ!」
まだわからないのか。俺は思わずため息を漏らす。
「絆などなくとも、利害の調整と意識合わせをして、パーティーとして最低限のまとまりさえ維持していれば、お前は俺たちに勝てたんだ」
ミディックの強力無比な魔法を使えるし、グレントの上空から爆撃はかなり厄介だ。ホリーは管理派を戦力として投入できる。
鉄人防壁街の管理システムをハッキングされ、巨大ゴーレムと強化ホムンクルスがだめになっても、第二の魔王軍がちゃんとまとまっていれば挽回のチャンスはまだあった。
「俺とトラベラーも、この世界の人々に対して、絆があると確信するほど深い付き合いをしていたわけじゃない。だが、ちゃんと責任を果たし筋を通してきた。だからここぞという時に手を貸してくれたんだ」
俺は事実を突きつけるかのように、剣の切っ先をジャスティンに向ける。
「お前の敗因は実際的なもの、ただの人手不足だ」
「黙れ!」
ジャスティンが吠えると同時に、俺は床を蹴る。今度はこっちが攻める番だ。
間合いを詰めた俺に対し、ジャスティンは袈裟懸けに切りつけてくる。本当なら防御なり回避なりするが、あえてそれをしない。
必要ないからだ。
俺の顔のすぐ横をトラベラーの矢が通り過ぎ、ジャスティンの肩に突き刺さる。
生命力の強い魔族の体とはいえ、身構えていない激痛を受けては動きが一瞬だけ硬直してしまう。
そしてその一瞬は致命的だ。
俺はジャスティンの心臓に剣を突き刺す。
「俺は……勇者だ……ぞ……」
破滅剣が落ちる音が響く。
ジャスティンが最後の力を振り絞って、震える両手で俺の首を締めようとする。しかし触れる寸前にやつは力尽きて倒れた。
俺は自分がたった今殺した男の死体を見下ろす。
終わってみると、よく殺せたなと思う。僅かなためらいもなく、俺はジャスティンを殺した。
同時に、「やったぞ!」とか「ざまぁ」とか、そういった高揚した気持ちは湧いてこなかった。
これで良いんだろう。いや、これでなきゃだめだ。ためらいなく敵を殺し、同時にそこに喜びを見出してはならない。
「終わりましたね」
「ああ。みんなのところに戻ろう」
俺の異世界冒険は終わった。これから元の世界に帰るんだ。戦いも殺しもない平穏な世界に。
殺人への忌避感、この溶けた鉛を飲み込んだような気持ちは、きっと俺が日本という平凡で平穏で退屈な世界にとどまるために不可欠なものだ。
外に出ると皆が待っていた。魔法で治療したのか目立つ傷はなかったが、激しい戦いによる疲労の色は強い。
「ジャスティンを倒した」
余計な言葉を飾らず、事実だけを口にする。
それを聞いた皆から緊張感が解けた。
「コウチロウ様、トラベラー様、我が国のために戦っていただき、本当にありがとうございます」
そう言ったジェーンからは、社交辞令ではなく本物の感謝が伝わってくる。
「俺はたまたま首を突っ込んだ事に対し責任を果たしただけだ。俺でなくとも誰かがジャスティンを倒していた」
「私も仕事で必要だからそうしたまでです」
「ですが、お二人が国のために戦ってくれたことは事実です」
そう言われると誇らしげな気持ちになった。誰かの幸福を守れたことを嬉しくも思った。
その時、誰かが拍手する音が聞こえてきた。
皆が音のする方へ視線を向けると、アカシックがいた。
「よくやってくれたわ考知郎君。あなたの異世界冒険は期待通りだったわ。私は十分満足している」
「だったら、トラベラーを元の世界に帰してくれ」
「ええ、もちろん。ジャスティンの討伐をもって約束は果たされたわ。それで、君はどうするの?」
アカシックは俺に問う。
「このまま大悪党を倒した英雄として、この異世界に永住するのも悪くないと思うけど?」
アカシックはまるで俺がどう答えるのかもう知っているような雰囲気だった。
「いや、元の世界に帰る。俺には帰る場所がある」
これは異世界”冒険”だ。冒険は永遠のものではなく、いつか帰る場所に帰らなければならない。
名残惜しい気持ちはある。3つのチートを駆使した思いのままの異世界生活を惜しくないかと言われれば嘘になる。
そういう気持ちがあるからこそ、俺はなおのこと分別が必要だと思った。
「それに、アカシックからもらったC.H.E.A.T能力を使い続けて分かったことがある」
「なにが分かったのかしら?」
「これは俺には過ぎた力だ。長く使い続ければ俺は堕落し、悪党になるかもしれない」
俺はどこにでもいる異世界ファンタジーが好きな高校生に過ぎない。異世界ファンタジーのヒーローのように、常に良心が発揮されると保証された存在じゃない。
誰であろうと、必ず良心と悪心がある。それが現実の人間だ。
「俺は授かった全ての力を返し、平凡で平穏で退屈な世界に帰る。帰らなきゃ、いけないんだ」
「そう、分かったわ」
アカシックはまるで生徒が満点取った教師のような笑みを浮かべると、空間に穴を2つ開けた。
その穴の中は光で満たされている。ここに入れということか。一つは俺の世界。もう一つはトラベラーの世界につながっているのだろう。
「みんなと会えて本当に良かった。この世界のことは絶対に忘れない」
「私達もあなた達が成し遂げたことを決して忘れません」
ジェーンが皆を代表して言う。
そして最後に、俺はトラベラーと向き合う。
「今までありがとうな。俺の異世界冒険に付き合ってくれて」
「構いませんよ。最初こそ不本意でしたが、今となってはあなたと過ごした時間を好ましく思います」
「それじゃあな」
「ええ、さようなら」
そして俺たちはそれぞれの世界へつながる次元の穴へと入っていった。
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