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暗黒末法都市ネオサイタマ⑨
◆第9節 オーダー・ザ・ニンジャ・スレイ 後編
「イヤーッ」
アイサツ終了後からコンマ0.1の刹那! フジキドはスリケンを投擲する。
「イヤーッ!」
黒布の男が変身した疑似ダークニンジャは複製ベッピンでスリケンを弾く。無論、これはフジキドにとっても想定内。
「イヤーッ!」
相手がスリケンへの防御に意識を向けている僅かな隙きにフジキドは一瞬で背後を取り、足をへし折るための強烈なローキックを繰り出す。
並のニンジャであればこれで決着がつくだろう。
しかし!
「イヤーッ!」
疑似ダークニンジャは小さくジャンプしてローキックをかわしつつ、空中後ろ回し蹴りを繰り出したのだ!
「イヤーッ!」
フジキドは腕でカラテ防御する。
「ヌゥー! まさか!?」
「そうとも! 私はただダークニンジャの姿を真似ただけじゃない。そのカラテすらも複製したのだ!」
ナムアミダブツ! 黒布の男はダークニンジャと同じカラテを持っている。
「イヤーッ!」
疑似ダークニンジャがカタナを振るう。不可解なことに、その刀身はカゲロウめいて歪んている。
「グワーッ!」
フジキドは防御していたが完全ではなかった。上腕を浅く斬られている。
「どうだフジキド。久しぶりに味わったベッピンの切れ味は? これはただの贋作だが、真作の太刀筋を相手に見切らせない能力を完璧に再現している」
フジキドは返答代わりにスリケンを連射しつつ後退する。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
跳弾めいた金属音が鳴り響く。疑似ダークニンジャはアーチャークラスに匹敵するフジキドのスリケン連射をすべて弾き飛ばしていた。
「無駄だフジキド! スリケン程度で倒れるほど私のカラテは安くない!」
「イヤーッ!」
次にフジキドが放ったのはスリケンではなく、巻き上げ機構付きのフックロープであった。フックロープは疑似ダークニンジャの腕に巻き付くと、ワイヤーアクションめいて凄まじい速度で彼の体を引き寄せる。
「イヤーッ!」
フジキドはフックロープで引き寄せられる疑似ダークニンジャめがけて、カラテを一極集中させた拳を叩き込む!
「グワーッ!」
次の瞬間、苦痛の声を上げながらふっとばされたのはフジキドであった。
「フジキド=サンのほうが攻撃をうけた!? 一体何が!?」
モータルである立香は何が起こったのかわからなかったが、ニンジャ動体視力をもつ読者諸兄にはその光景がありありと写ったであろう。
疑似ダークニンジャは空中ですばやく姿勢を飛び蹴りの形に整えて、フジキドにカウンターキックを与えたのだ。足は腕よりも長いからキックのほうが実際当たる。
「やはり思ったとおりだ。フジキドよ、お前は弱くなっている。ナラク・ニンジャのソウルを失い、ニンジャスレイヤーの資格を失った貴様などもはや敵ではない。我が宝具にてその生命貰い受ける」
疑似ダークニンジャがベッピンを鞘に収め、イアイドーの構えを取る。
「キリステ・ゴーメン!」
刹那、時が凍りついたかのように全てが停滞する。
「グワーッ!」
ばっさりと胸を斬られたフジキドから鮮血が噴出する。
フジキドは両膝をついてその場にうずくまる。血がタタミを赤く染め上げていた。
「スゥーッ! ハァーッ!」
「いまさらチャドー呼吸などしても無駄だ!」
疑似ダークニンジャがフジキドの脇腹を蹴り上げる。
「グワーッ!」
サッカーボールめいてフジキドの体がタタミの上を転がった。
「スゥーッ! ハァーッ!」
もはや爆発四散寸前に陥っているにもかかわらず、フジキドはチャドー呼吸によって体力の回復を試みる。だが受けたダメージがあまりにも大きい。命をかろうじてつなぎとめるので精一杯だ。
「しぶといなフジキド」
疑似ダークニンジャが複製ベッピンでカイシャクの構えを取る。
「フジキド=サン!」
立香が叫ぶ。
「殺す……べし……ニンジャ……殺す、べし……」
フジキドは立ち上がろうとするものの、力が入らずに膝をつく。
「ニンジャ殺すべし、か。お前は何度もその言葉を口にしていたな。だがそれも最後だ。ニンジャスレイヤーでなくなった貴様に、ニンジャを殺す力はもうない」
このままではフジキドが殺されてしまう。立香は自分がなにかできないかと必死に考えた。
しかし、まっとうな魔術師でもなければニンジャでもない自分に何ができるのかと立香は心がくじけてしまいそうだった。
人理焼却から人々を救ったとはいえ、それらは全て頼れるサーヴァントがいてからこそだ。立香にできることといえば、サーヴァントに指示を出し、窮地に陥ったら令呪を使って手助けすることくらいだ。
フジキドが自分のサーヴァントだったのなら、すぐにでも令呪を使って助けられるのに。
そこで立香はハッと気がつく。ホームズは言った。自分とフジキドの組み合わせを敵は最も恐れていると。
それに気がついたのならば、するべきことはひとつだ。
立香は右手に精神を集中させる。
「死ね! フジキド・ケンジ! 死ね!」
疑似ダークニンジャが複製ベッピンを振り下ろさんとする瞬間、立香が叫ぶ。
「三つの令呪を持ってフジキド・ケンジに命じる!」
力ある言葉とともに藤丸立香は令呪を開放する。
「ニンジャ殺すべし!」
三画の令呪に込められた全魔力<カラテ>が開放され、フジキドの体に宿る。
ニンジャと英霊の区別が曖昧となったこのネオサイタマ特異点において、フジキドは立香のサーヴァントとしてのつながりを持っていたのだ。そう! マルノウチ・スゴイタカイビルに向かう前の公園でフジキドが立香の手に触れたとき、契約はなされていたのだ!
「イヤーッ!」
フジキドは振り下ろされる複製ベッピンを白刃取りで受け止める。
「無駄なことを!」
疑似ダークニンジャはそのまま力を込めて押し通そうとするが、刃はびくともしない。
「なに?!」
フジキドに変化が現れた。それまで黒色だったニンジャ装束が、血で織ったかのような赤黒い色に変化したのだ。その姿は、かつてニンジャスレイヤーであった頃の彼を彷彿させる。
「イヤーッ!」
フジキドが力を込めると、複製ベッピンが真っ二つに折れた。
「バカなーっ!?」
必勝を確信していただけに、疑似ダークニンジャは冷静さを失って絶叫した。
「こ、これではメナス・オブ・ダークニンジャの再現ではないか……いや、そんな事はあるか!」
疑似ダークニンジャは折れた複製ベッピンを投げ捨てる。
「私は願いを背負ってここにいるのだ。ニンジャと英霊の合一を願う人々の祈りによって私は成り立っている。その私が……私が、復讐などという個人の感情だけで動く輩に負けるはずがあるか! 私は彼らにとっての救世主<セイヴァー>だぞ!」
「オヌシが背負っている祈りなど知ったことではない。どれほど崇高な理念であろうと、数億の人々に幸福をもたらそうとも、力なき者たちの命を踏みじるのであれば、オヌシはただの悪しきニンジャだ」
フジキドはカラテを構える。その両拳からは血を燃やしたかのような猛々しい炎が宿っている。
「ニンジャ、殺すべし」
「うおおおおおおお!」
もはや冷静さを完全に失った疑似ダークニンジャは獣めいた雄叫びとともに襲いかかる。
「イヤーッ!」
フジキドの拳が疑似ダークニンジャにカウンターで叩き込まれる。その速度は電光のごとく!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた左拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた右拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた左拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた右拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた左拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた右拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
フジキドは憎悪のカラテを込めた左拳を疑似ダークニンジャに叩きつける!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
何度も!
何度も!!
何度も!!!
己の憎悪を全て振り絞るがごとく! フジキドはカラテを振るう!
骨が音を立てて軋むほどに憎悪<カラテ>みなぎる拳が!
「Wasshoi!」
疑似ダークニンジャに炸裂する!
「アバーッ!」
断末魔の叫びとともに疑似ダークニンジャの体がシュギジキの上を転がる。
その時、彼の懐からマンゴー色に輝く聖杯がこぼれ落ちた。
次元マンゴー聖杯の力から離れたためだろうか、彼は元の姿へと戻った。
「ううう……」
全身から血を流しながらも、黒布の男はこぼれ落ちた次元マンゴー聖杯に手を伸ばそうとする。
黒布の男があと少しで届きそうになったとき、フジキドは次元マンゴー聖杯を踏みつけた。
「や、やめろ。やめてくれ」
黒布の男は慈悲を求めるかのようにフジキドを見上げる。
だがフジキドに慈悲などない。
「イヤーッ!」
カラテシャウトと共に次元マンゴー聖杯は粉々に踏み砕かれた。
「あ、ああ」
黒布の男は絶望で目を見開き、そして力尽きる。その体は0と1の粒子となって跡形もなく消滅した。
黒布の男が倒されたのに伴い、シュギジキ平原が消え去ろうとしていた。シュギジキの地平線に目を向けると、この空間が外側から01分解されつつあることがわかる。
ニンジャ次元と英霊次元を融合させようとする次元マンゴー聖杯の力が消失したことで、二つの次元があるべき姿に戻り始めたのだ。
藤丸立香とフジキド・ケンジの体が光りに包まれる。
別れのときがやってきたのだ。
「フジキド=サン、あなたのおかげで世界を救えました。ありがとうございます」
「私の方こそ、あなたに感謝しなければならない。記憶を失った胡乱なサラリマンをあなたは受け入れてくれた。卑劣なニンジャの罠かもしれないと少しも疑わず、私を信じてくれたからこそ、私はこの戦いに勝つことができた」
立香とフジキドは固く握手を交わす。
「フジキド=サン、こんなときニンジャ次元ではなんと言うんですか?」
「ユウジョウ、です」
立香は太陽めいて明るい笑顔を浮かべて別れの言葉を紡いだ
「ユウジョウ!」
フジキドはブッダめいて穏やかな笑みを浮かべて同じ言葉を返した。
「ユウジョウ」
少女とニンジャが光に包まれる。二人はそれぞれの世界へと帰っていった。
◆
「サヨナラ!」
「サヨナラ!」
2忍のニンジャ英霊が揃って爆発四散する。
なんと苦しい戦いであったことか。
フマー・ニンジャの力を得た風魔小太郎と、ケイトー・ニンジャの力を得た加藤段蔵は想像を絶する強さを有していた。
アビゲイル、ネロ、武蔵、ダ・ヴィンチ、ホームズ。5騎もの英霊が総掛かりでもなお、薄氷の上での勝利であった。
そして、マルノウチ・スゴイタカイビル屋上にいる全員の体が光に包まれた。
「どうやら、お別れのようだねナンシー=サン。これから二つの次元はあるべき姿に戻ろうとする。おそらく次元の復元力によってこの事件はなかったことにされるだろう。私達もここで体験したことを忘れてしまう」
「自らの良心に従って戦った人たちのことが忘れ去られてしまうのは、ジャーナリストとして悲しいわね」
ナンシーは心から残念そうに言った。
「ジャーナリストならわかっているはずだ。一度でも起こった出来事は、そう簡単にはなかったことにはできないとね」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉にナンシーの表情に光が宿る。
「そうだったわね。どんな出来事も誰かが覚えている。そこから人々が知るべき事実を伝えるのがジャーナリストだったわ」
「そのとおり。今回のことを忘れてしまっても、いつか思い出せるかもしれない。仮に思い出せなかったとしても、ここで得た良きものは私達の中で残り続けるかもしれない。そう願おうじゃないか。別れを悲しむよりはさ」
ダ・ヴィンチちゃんは手を差し出す。
「ええ、そうしましょう」
ナンシーはダ・ヴィンチちゃんの手を握る。
「ユウジョウ」
「ユウジョウ」
二人の天才は固く握手をかわした。
◆
「まだだ、聖杯は砕かれたが破片は手に入れたぞ。残っている力はわずかだが、これを元手に再挑戦できるはずだ」
ネオサイタマのとある路地裏に黒布の男がいた。
彼はフジキドが次元マンゴー聖杯を踏み砕いた瞬間、聖杯の破片を掴み取り、自分が死んだかのように見せかけたのだ。
「残念だが、お前はもう終わりだ」
銀のメンポとピンクの装束。ザ・ヴァーティゴが黒布の男の前に立ちはだかる。
「もう立ち直ったのか」
「ああ、おかげさまでな」
ザ・ヴァーティゴの傷はすでに癒えていた。
「次元融合が中断され、二つの次元はあるべき姿に戻ろうとしている。次元が修正されることで、全てはなかったことにされ、関係者たちの記憶からも消されるだろう」
「ハァーッ! ハァーッ! そんなの認めないぞ。ニンジャと英霊の合一を望む祈りが存在するのは事実なのだ、その祈りが人として具現化した存在が私なのだから」
これほどまでに打ちのめされてもなお、黒布の男は諦めようとしない。
「だからって、二つの次元を壊してまで新しい次元を作るのはまずいだろう。もしかすると正しい形でニンジャと英霊たちが出会う機会がやってくるかもしれない。お前はそれを待つべきだったんだ」
「待てども来なかったから、私がやらざる得なかったんだろうが!」
黒布の男は叫ぶ。
「強引すぎるんだよ。交わることの良さは、まず互いを尊重してこそだ。お前が背負っている願いを発した、第四の壁の向こう側にいる奴らだって、ニンジャ次元と英霊次元が滅んじまうのは望んでいないはずだ。どちらの次元も好きだからこそ、そいつらはニンジャと英霊が出会って欲しいと願っているんだからな」
ザ・ヴァーティゴは哀れみを含んだ視線を向ける。
「黙れ黙れ! 知ったような口をきくな! ニンジャ一人、この聖杯の欠片さえあれば始末できるんだぞ!」
黒布の男が聖杯の欠片に宿る力を使おうとした瞬間、ザ・ヴァーティゴはスリケンを放った。
「イヤーッ!」
「アバーッ!」
スリケンは黒布の男の眉間に突き刺さり、その生命を奪い取る。
「あ、ああ……」
今度こそ、黒布の男は息絶え、その体は完全に消滅した。
「じゃあな、名もなきニンジャヘッズ」
ザ・ヴァーティゴは立ち去り、その場には一枚のスリケンが残されるのみとなった。
暗黒末法都市ネオサイタマ 完