28話 英霊の墳墓1
クヴィエータと英霊の墳墓の間には、ルージャフォリオ宝森林という場所が広がっている。
今はちょうど紅葉の季節で、俺達の目の前には鮮やかな赤色が広がっていた。
それほどの場所なら観光名所にでもなりそうだが、ここはAAA級冒険者ですら命を落としかねない危険な魔物が生息しているので手つかずのままだ。
その魔物は陸ドラゴンと呼ばれている。翼を持たないので雰囲気としては恐竜に近い。
そいつは木の葉っぱをモシャモシャと食べていて明らかに草食だったが、やはりドラゴンだけあって気性が激しかった。
俺たちは物陰に隠れて遠くから様子をうかがっていたのだが、風向きが変わった瞬間、俺達の居場所を察知して襲いかかってきた。嗅覚に優れているらしく、俺達の匂いを嗅ぎ取ったんだ。
「俺がブラスターガンでやる」
「お願いします」
相手はかなりの巨体で、仁也さんの魔剣で戦うのはかえって面倒だ。
俺は両手で銃を構える。何度かの練習とイレギュラーGUのおかげで、今ではすっかり使いこなせている。
引き金を引いて熱線を放つ。鉄すら貫く威力だ。だが、確実に致命傷を与えられると思った熱線があっさりと弾かれる。
威力に耐えたといった感じではない、磁力の反発のように陸ドラゴンの表皮にふれる寸前で弾かれている。
もしや魔力そのものを弾く性質を持つのか!?
だったら目だ! いくらなんでも眼球までそうじゃないだろう。
そう思って目を狙ったがこれもまた同じように弾かれた。
「まじかよ!」
思わず声に出しながら陸ドラゴンの突進をかわす。
こうなったら密着して急所に剣を突き刺すしか無いが、敵は巨体の割に機敏だ。
「調月さん、これを!」
トラベラーが収納空間から銀色に輝く槍を取り出す。
「助かる!」
魔力がだめなら物理だ! 俺は受けとった槍を投擲する!
びゅうと音を立てながら手投げ槍が陸ドラゴンのこめかみあたりに突き刺さる。魔力を一切含まない純粋な運動エネルギーが分厚い鱗と頑丈な頭蓋を貫く。
脳を破壊された陸ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げることすらなく、大地に倒れ伏し、小さな地響きを起こした。
俺は念入りにドラゴンの生死を確かめる。殺したと思ったらまだ生きていたなんて、モンスター映画のお約束を踏むつもりはない。
「よし、確実に倒せたな」
「槍はちゃんと回収してください。極めて特殊な合金製なので置き去りにしたくありません」
「あいよ」
無くしたら始末書を書かされるのかな思いながら、俺はドラゴンの頭から槍を引き抜く。相当な速度で強靭なドラゴンの体に突き刺さたはずだが、穂先は潰れてないし新品同様だった。いったいどれだけの強度があるのだろうか。
槍に付着した血を軽く振り払ってトラベラーに返す。
それにしてもドラゴンか。この冒険は先へ進めば進むほど大きな障害が現れるようだ。
おそらく、次の戦いは残る第二の魔王軍全員と戦うだろう。自分たちの命綱に刃をあてられつつある状況で、戦力を出し惜しみする理由など無い。
汚物より卑しい男グレント・ガードナー、知的生物の面汚しミディック・ミディアン。そして元勇者にして第二の魔王軍のリーダーであるおぞましき邪悪のジャスティン・ジャックマン。
単純に3対2という数の不利だけでなく、奴らは全員強力なレアスキルを持っている。
すでに戦ったグレントは置いといて、残りの二人も極めて厄介なスキルを持つ。
ミディックのレアスキルは全ての炎と氷の魔法が使えるようになる〈温度支配〉と、大気中に存在する魔力を取り込む〈魔力吸収〉を持つ。そのおかげでやつは強力な攻撃をかなり連発できる
ジャスティンは全ての戦闘技術が使える〈勇者〉、あらゆる道具や設備の使い方を瞬時に理解する〈即時慣熟〉、運動能力を上げる〈高度肉体強化〉を持つ。
奴らのスキルや戦法については、5年前に戦ったマーティンさんから情報を得ているももの、ホリーが強化薬で肉弾戦を挑んだように、新しい戦法を身に着けている可能性はある。
俺とトラベラーは歩みを再開した。今度は陸ドラゴンの縄張りに入らないよう注意した。
そして英霊の墳墓まであと1キロまで達したその時、炎の鳥が俺たちに襲いかかった。
木々を燃やしながらなぎ倒し、紅葉の森を別の赤色へと変えるそれは間違いなく魔法による攻撃だ。
炎の魔法:鳳の型。炎を扱う魔法の中で最上級の技だ!
だが、どんな威力であろうとそれが魔法なら俺の魔剣で対処できる。
俺は前に出て炎の鳥に剣を振り下ろす。正中線から真っ二つに切断されたそれは、左右に別れて後ろへと流れて爆発した。
木々の隙間からエルフの女が見えた。ミディックだ。今の攻撃は間違いなくヤツだろう。
森の奥へ逃げられて隠れられたら厄介だ。
離れているからブラスターガンを使ったほうが早い。素早く抜いて引き金を引くが、突然現れた氷の壁に熱線が防がれる。
俺が魔剣で氷の壁を斬りつけると、魔力で作られたそれは一瞬で霧散する。だが、既にミディックは姿を隠したあとだった。
「調月さん、グレントを確認しました」
「やっぱり生き返っていたか」
上空に鎧姿が見える。
事前にちゃんと話を聞いていたものの、やはり目の前で死んだ人間が生きているのを見ると驚きはある。
不思議なことに、グレントは弓を背負ったままで構えていなかった。かわりに、麻袋を小脇に抱えている。
あれは一体なにかと思った直後、グレントは麻袋の中身を周囲にぶちまけた。
それは大量の小石だ。それらが空から雨あられと降り掛かってくる。無論、殺傷力は低い。
けど、それをばらまいたのは〈爆弾使い〉スキルを持つグレントだ。あの小石の全てに爆弾の魔法が付与されているとみて間違いない。
「離れよう!」
だが、四方に氷の壁が出現して俺たちを閉じ込めた。何処かに隠れているミディックがやったんだ。
逃げ場を防がれた!
俺はとっさにトラベラーにおおかぶさって盾になりつつ、さらに〈汎用特化〉から防御の魔法を使って魔力のバリアを張る。
無数の小石が起爆し、俺達は爆炎に包まれた。
一瞬、気を失った後、周囲の風景が一変していた。グレントによる広範囲爆撃によって赤い森の一部が黒ずんでいる。
俺たちを閉じ込めていた氷の壁も爆撃で蒸発し、周囲には湯気が漂っている。
俺の体は爆撃を受けて炭化していたが、イモータルEXが俺の体と身につけていた衣服を一瞬で再生する。
トラベラーはどうだ? よかった。無事だった。彼女が持つバリア装置と、俺の魔法の二重防御で傷一つついていない。
「助かりました」
いつも冷静な彼女も流石に冷や汗をかいていた。普通なら確実に死ぬ攻撃の直撃を受けたのだから当然か。
上空ではグレントが引きつった顔でこちらを見下ろしている。必殺を確信した作戦が不発になったのが信じられない様子だ。
相手が虚を晒しているうちに俺はブラスターガンで攻撃する。
しかし、いくら呆然としてたとはいえ一応グレントは一流だった。とっさに避けられて、かすめるだけに終わる。
「なめやがって!」
グレントが怒りに任せて爆弾矢を射る。
既に俺たちは移動していたので、焼け焦げた地面を爆破するだけに終わった。
そのまま森の奥へと移動する。
グレントの攻撃は木の下に隠れていればそうそう当たらないだろう。
さっきの広範囲爆撃はそう何度も使えないはずだ。少なくとも、もう一度、爆弾にする素材を調達しなければならない。
●Tips
ミディック・ミディアン
人類を裏切って第二の魔王軍となったエルフの女。
炎と氷の魔法を全て使える〈温度支配〉と大気中の魔力を体内に取り込む〈魔力吸収〉のレアスキルを持つ。
魔法使いとしての実力と高い知性から賢者と讃えられていたが、第二の魔王軍となってから彼女に向けられる尊敬は反転し、知的生物の面汚しという二つ名で忌み嫌われるようになった。
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