疑問全てを明らかにするまで、トライ&エラーを繰り返す 明治大学 越水 静 先生
インタビュアーの大学時代の先輩にご紹介いただき明治大学 越水先生にお話しを伺ってきました。
色素がないのに発色する花の構造色の研究
— 今どんな研究をされているかお聞きしてもよろしいでしょうか?
越水先生:テーマが今2つありまして、1つは「花の構造色」を研究してます。構造色というのはタマムシの背中が緑色に見えるように、そのもの自体に色はないけれど、表面にある微細な構造によって光が干渉することで金属光沢的な発色が見られる現象のことです。
構造色が植物の花弁にもあるんです。花弁の構造色は昆虫ほどはっきりしていないんですが、花弁細胞の表面に微細な突起構造があり、そのことで光が干渉するために発色するんです。その表面にできている微細な構造がどうやってできるのか、その形成メカニズムを研究しています。
まだ始めたばかりなんですけど、完全にオリジナルテーマで材料の選択からしています(笑)
— すごい!めちゃめちゃ果てしない研究ということですよね。今まで誰もやっていないということは、ある程度のゴールも見えてないということですもんね。
越水先生:見えてないですね。誰も研究してないので、関連因子も全くわかってないし…というところから始めてます。
— なぜそれを思いついたんでしょうか。
越水先生:きっかけは「花にも構造色がある」という論文が出ていたんです。学生の時のラボのジャーナルセミナーでその論文を発表したことがきっかけです。
その論文の面白いところとしては、特定の科や属が構造色を持っているというわけではなく、様々な種がばらばらに構造色を持つことです。持っている花が系統的にバラバラに出現しているんです。
構造色があると昆虫が寄ってきやすくて子孫を残しやすいから進化してきたのでは、と議論されている論文で、面白いなと思い研究し始めました。
植物の精子の形成に関わる因子
— すごい!面白いですね。ちなみに研究テーマが2つとは、もう1つは何でしょうか。
越水先生:進化に興味があるんですけど、もう1つは「植物の精子の形成に関わる因子」を探しています。植物の精子が進化してきた過程を知りたくて、遺伝子同定をしています。植物の精子を見たことある人は少ないと思うのですが、動物の精子と形が全く違うんです。
マウスやヒトの精子は頭部があってそこから鞭毛が1本伸びていて、その1本の鞭毛を振動させて泳ぐんですけど、コケ植物の精子は、胴体がS字型になっていて頭から2本鞭毛が生えていて、そのS字型の胴体を螺旋状に回転させながら泳ぐんです。
なぜこういった進化をしたのかが疑問で、研究しています。植物の精子は分子生物学的な解析が、まだほとんどされていないんです。そのため、関連因子もほとんどわかっていない状態で始めています。
— そうなんですね。近しい分野の方から見ても越水先生の研究は珍しいものなのでしょうか。
越水先生:結構マイナーだと思います(笑)最近、技術の進歩により研究ができるようになってきて、少しずつ人口が増えている状況です。
— その分野の第一人者ということですよね。
越水先生:いやいやいや~全然です(笑)
もっと詳しい先生いっぱいいらっしゃいます。卒業後バイオインフォーマティクスの世界に飛び込んで、技術を学んでいました。この技術を使って遺伝子の絞り込みができるだろうと思い、狙ったというのもあります。
わかっていないことだらけなことが楽しい
— 卒業後ということは学生時代からこの分野に魅力があったということでしょうか。何が一番魅力なのでしょうか。
越水先生:なぜこのような形をしている精子がつくられるのかが不思議で、理由も全くわかっていないんです。何かしらの適応的意義があるはずなんですが、関連因子も全くわかってない、わかっていないことだらけなことが楽しいんです。
— 研究者の方はこの手のわからないことを解明していくことが生きがいなんですね。
越水先生:本当のきっかけは大学院生の時にしていた研究で、変異体の解析をしていたんですけど、その時に精子の動きに異常がみられる変異体があったんです。このこともあり、植物の精子に興味を持つようになりました。
— 大学院生のとき、なぜ変異体の解析を選んだんですか?たまたま異常がみられて、もっと研究したいとなったのでしょうか。
越水先生:予期もしていませんでしたし、普通であれば、これまでにわかっている知見等を集め、その情報から考察が出てるのですが、まず情報がほとんどありませんでした。基礎研究的に掘り下げないといけないと感じたことと、単純な興味と、両方でした。
— では、正常だったり、知見・論文を引用して結果が出せていたら、もう卒業してて研究者ではない可能性もあるんでしょうか。
越水先生:いや、そんなことはないです(笑)生物の魅力にがっつりはまってしまったので。
体験入学で実験にはまって博士課程5年一貫制に入学
— いつ頃から研究者になろう、博士過程に進もうと思ったんでしょうか。
越水先生:うーん。本当は大学院進むかどうかにも迷って、大学院に進むとしても、博士課程まで進むかどうかかなり迷っていました。最終的に決めたのは、基礎生物学研究所の体験入学制度で、研究現場で実験させてもらった時でした。その時に、より研究にはまってしまって、博士課程にまで進もうと思いました。そこは5年一貫制だったので、博士課程を前提で入学しました。
— すごい、5年一貫制あるんですね。大学卒業後にもう5年はなかなか長いですよね。一大決心ですね。
越水先生:大学より長いですからね。
— 博士課程を出て、今の大学にスムーズに入られたんですか?
越水先生:JREC-INという研究者向けの求人サイトの募集を見て、先生と面接して決りました。ポスドクとして2年いた時に、今の所属でちょうど助教ポジションがあり、そのまま助教になりました。
— そうなんですね。僕が今までお聞きした中で最短です。一番大変だったことや、研究者を辞めたいとまではいかなくとも、深く落ち込んだことはありましたでしょうか。
越水先生:学生の時に、精子に異常が出た話をしましたが、その時が辛かったです。使用していた材料が、ヒメツリガネゴケというコケ植物だったんですけど、精子を見ることが非常に大変な植物でした。もちろん精子観察した文献もなく、まずどうやって見ればいいのかもわからなかったんです。
— どのようにヒメツリガネゴケの精子を観察したのでしょうか。
越水先生:私の研究室のボスの知り合いにクラミドモナスという鞭毛が生えた藻類を研究している人たちがいました。その人たちにお願いをして、どのように観察するかを教わりながら行いました。一番大変なのがサンプリングで、何も参考にするものがないのでやるしかないけど、どうやっていいのかわからない、そんなところをぐるぐるまわっていました。
試行錯誤の数
— どうやって切り抜けたんですか?
越水先生:数と経験です。ヒメツリガネゴケは低温短日の条件に移すと、精子を作り始めるんですけど、作り始めてからちょうど20日か21日目にならないとちゃんと動いてくれないんですよ。
動かない変異体と動く野生株を比較したいので、まず野生株がちゃんと動く条件で観察しないといけないのですが、そこにたどり着くことが本当に大変でした(笑)少しでも時期がずれると全く動かないので、いつどのタイミングで見たら絶対に動くのかを少しずつ詰めていきました。
— お聞きしているだけで果てしないです(笑)どれくらいかかりましたでしょうか。
越水先生:半年くらいずっとしていたんじゃないでしょうか。コケなのでサイズがちっちゃいんです。1個50㎛程度の構造の中に精子が詰まってるため、サンプリングも大変で涙目でした。
— すごいですね。先ほどのは、失敗ではないと思うのですが、一番の失敗はありますでしょうか。
越水先生:失敗、あまり思い浮かばないんですよね。無駄にポジティブみたいなところがあり、あまり失敗と捉えていないのかもしれないです。
— ポジティブは世界を救うので大丈夫だと思います(笑)
越水先生:あははは(笑)ありがとうございます。
今疑問に思う全てを明らかにしていきたい
— これから挑戦していきたいことはありますか?
越水先生:とりあえずやりたい研究をしていきたいです。構造色の研究を長く続けていく予定です。
メカニズムを解明するのにも時間がかかるため、今は1種だけを材料として決めて研究しているのですが、知りたいのは進化なので、他の種で構造色を持っている種も調べて、他種での構造色のメカニズムと今調べてる種でのメカニズムの比較まで行いたいと思っています。
そうすることで、本当に収斂進化なのか、たまたま変異しやすい因子があって各植物でそれが起こっただけなのかがわかります。昆虫が寄ってくるのは、ただの副産物の可能性もあります。
全てを明らかにしたいと思っていて、一生をかけて行う研究になるだろうと思っています。
また、意外と研究費がとりやすいんです。昆虫が寄ってくることがメリットになるので、農業に応用すると、今まで人工授粉に頼っていた植物も勝手に虫が寄ってくるように改善できたりします。応用研究に繋がるので、進み続けられます。
人の役に立つことでないと研究費が取れない
— 確かに、その視点めっちゃ大事ですよね。
越水先生:私は人間の役に立ちたいと思ったことないんですが、役立つことでないと研究費が取りづらかったりします。
— 研究費獲得の文章の書き方や、研究者界隈でのマーケティング視点は、誰かが教えてたりするのでしょうか。
越水先生:今所属している研究室のボスから教わってます。
— 知識や研究費の取り方を教えるセミナーをされているのでしょうか。
越水先生:セミナーまではしていませんが、書類を書くのが上手で大きな研究費用をバンバン取ってくるため、外部の人にも教えてくださいと言われるようです。
何に応用できるかを考える
— そうなんですね。よく言われますが、、、日本のものづくりはとてもスキルがあって質の良いものをつくるのに、結局ニーズとずれていて売れない、なんてことがありますよね。研究では、何をどう仮説を立ててみたいなところで、マーケットやニーズに合わせていくことはあるのでしょうか。
越水先生:合わせようとはあんまりしていません。わかったことが何に使えるか考えたときに、構造色の場合、農業利用しかありませんでした。構造色は産業利用結構されているんです。
色素によって発色しているわけではないため、光による退色が全くないんです。「色褪せしない装飾品」として製品化されています。これは、植物の構造色である必要性は全くないため、昆虫や鳥でもいいんです。
では、なぜ植物でなければいけないの?と言われたときに、「農業しかない」と思いました。農業利用を狙っていたわけではなく、何に応用できるかを考えた結果が農業でした。
— 越水先生の場合、お話にあまり人が出てこなかったと思うのですが、印象に残っている人はいますでしょうか。
越水先生:なるほど。院生の時に所属していた研究室は、基本は自由で何をしてもいいのですが、卒業するための論文のハードルが高く、脱落してしまう人も多くいました。
私は縛られるのが嫌いで自由が好きなんで、逆にその環境が好きでした。放任主義で、かつ自分が求めればアドバイスをくれる人たちだったので、この環境が合っていました。研究の面白さを教えてくれたという意味ではその研究室の方々には本当に感謝です。
ポスドクの間が一番研究にだけ専念できる
— 最後、若手研究者に一言いただきたいです。
越水先生:したいことがあるなら是非進んでほしいですが、保証がありません。でも、私はしたいことがしたくて進んできて後悔はしていません。私は、研究ができなくなったとしてもコンビニでバイトしてれば生きてはいられるし、と思ってます。
安定しないことが理由で今の仕事を辞めようとは全然思わない、そのくらい研究が楽しいです。是非楽しいと思えている人には続けてもらいたいです。
— めっちゃおもしろいですね。
越水先生:わりと突飛でしょうもないことを言ってる自覚はあります(笑)
ポスドクでいる間が一番研究にだけ専念できると思っています。あまり将来のことを考えていなければポスドクでいるのが一番いいんですけど。。。
— 確かに教授、准教授になると生徒を見ないといけないですもんね、
越水先生:毎週ある授業の準備が辛いです(笑)
ですが、アカデミアでポジションを探すときには教育歴、授業をした経験がある方が有利なようなんです。その意味では、今経験が積めるのはとてもいいのですが、その分研究の時間が減るので何とも言えません。
— ありがとうございます。歳の近い方とお話しできることが新鮮でした。研究者の方は50前後が多いと思っていました。同じ世代の研究者の方のお話を聞けて楽しかったです。
越水先生ありがとうございました。
キラキラした部分だけじゃない、先輩研究者の皆様の不安だったこと、悩んだこと、どうやって乗り越えたかをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。