じいちゃんの左手 その64
学校から帰ってくると
縁側には いつも 群青色の市場帽子を斜にかぶった じいちゃんがいた
右手にワンカップ 左手には “わかば”
田んぼの案山子のように 僕の問いに 何でも答えてくれた じいちゃん
今思えば ほとんど 的外れだったけど 心は いつもポッカポカ
そんなじいちゃんと あの縁側が 今もあったら・・・
きっとこんな 会話になっただろう・・・
『おくのほそ道』
「じいちゃん! おくのほそ道 知ってる?」
「おうよ! セミが うるさく啼く 山の道じゃ」
「そうそう! さすがじいちゃん!
学校の先生が 10月12日は 芭蕉にちなんで 時雨忌って言うんだって!
はい! そこで! じいちゃん! 俳句 いってみよう!!」
思い切り 無茶振りして じいちゃんの困った顔を見ようとしたけど
よっしゃ!と 気合を入れて じいちゃん勢いよく立ち上がった
それじゃ行くか! と僕の手を引っ張りながら
畑を超えて 山に向かう じいちゃん
「ねぇ じいちゃん・・・ どうしたの? どこに行くの?」
心配になって 尋ねる僕
「なんじゃ!なんじゃ!
お主が 山奥の道に ハイキング 行こう!って言ったんじゃろう」
えぇ・・・・
「違うよ じいちゃん!
僕が言ったのは 『お・く・の・ほ・そ・み・ち』
それにハイキング じゃなくて 俳句(はいく)だよ!」
「なんじゃ! もっと はっきり言わんか! あっちのことだったか!」
あっち・・・?
ちょっと やな予感がする
じいちゃん 方向転換すると 稲を刈り終えた田んぼに向かった
そして・・・
「こっちか?」
・・・ ・・・
じいちゃん それは 最近延長された 農道の奥・・・
きれいに アスファルトが敷かれた小道が延長されていた
まさに 奥の舗装(ほそう)みち・・・
じいちゃん!
わざと やってるでしょう!
にらむ僕に じいちゃん本気モードで にらみ返してきた
「もう・・・ 真面目にやって!
もう一度言うよ お・く・の・ほ・そ・み・ち」
「もこみち?」
「違うよ! それは 料理上手な芸能人でしょ!
もう! 耳が遠くなったの じいちゃん?
お~く~の~ほ~そ~み~ち~」
「あぁ・・・
ようやくわかった!
世界中を旅した偉人さんのことか!
確か アメリカや ヨーロッパにも行ったんだよな」
そうそう・・・ やっと わかってくれたみたい・・・
ん ん ん ん ん ん ?
「芭蕉って 世界中旅したの! 知らなかったなぁ・・・」
感心する僕に
「どうじゃ! 勉強になったろう」
と 胸を張る じいちゃん ワンカップを豪快に一気飲み!
「まぁ わしは 西郷隆盛の方が好きじゃがな!
お・お・く・ぼ・と・し・み・ち よりも!!」
そう言うと Gahahahaha と豪快に笑った
じいちゃん・・・
なんか カッコよく決めたような 雰囲気出してるけど
「おくのほそみち」 と 「おおくぼとしみち」じゃ
ぜんぜん 似てませんから!! 残念!
なんかとっても疲れた 三連休初日でした
元禄7年10月12日(=西暦1694年11月28日)は
松尾芭蕉の亡くなった日だそうです