【ショートショート】 映画と車が紡ぐ世界 chapter55
ライアンの娘 ~ シトロエン C4-ピカソ 2013年式 ~
Ryan's Daughter ~ Citroen C4 Picasso 20131 ~
黄色い蝶のように ひらひらと銀杏の葉が落ちる
「来る・・・」
絵画館をぼんやりと眺めていると もう1枚
「来ない・・・」
C4-Picassoのガラスルーフには 早くも落ち葉が積もり始めた
カノジョと出逢いは
生き生きした 新緑の銀杏の下だった
その日の僕は
光合成によって生成された 高濃度の酸素に影響されたせいか
いつもより積極的だった
「どうして 君は・・・」
「銀杏が 一番輝いているのは 黄色く紅葉したときだから」
キャンバスに描かれた銀杏は 黄色い葉をつけていた
カノジョは 僕の言葉を遮り 機械的に答えた
黄色い銀杏に関するQuestionは
カノジョが 何度も 経験したものだったのだろう
しかし 僕が聞きたかったのは
そんなことではなかった・・・
「いやいや そんなことより 君がどうして
そんなに 淋しい思いをしているのか 知りたかったのさ」
!!
キャンバスから目を離すことのなかったカノジョが
”どういうこと”
という不思議そうな顔を僕に向けた
「緑は人に安らぎを与える
これだけの深緑を前にしたら まず緑を基本に構成するだろう
しかし君は黄色を選んだ 救援を求める色さ
君は 知らず知らずに だれかに助けを求めていたのさ」
カノジョの瞳から 突然涙がこぼれた
それは ロージー・ライアン(Sarah Miles)を彷彿させた・・・
ロイヤルガーデン・カフェで
サンドイッチとコーヒーをゲットした僕は
駐車していたC4-Picassoに カノジョを迎え入れた
カノジョには家庭があった
結婚して5年目だというのに 夫の気持ちが理解できないという
それは 誰もが抱えている悩みだろう・・・
この世界が続く限リ 人は 人を正確に理解などできない
僕は首を横に振りながら
やれやれ といった表情でカノジョに言った
「たとえば こいつ(C4-Picasso)の フロントガラス・・・
前席上部まで伸びているガラスルーフは
スカイツリーだって 真下から見れば 全景が飛び込んでくる
それを最高だと思う男がいれば
どうしても日焼けが避けられない車と嘆くのが女」
自分の別れた妻の一言だということは・・・
ここでは あえて述べまい・・・
くすりと笑ったカノジョは 貴方みたいな人好きよ
と僕の頬に軽くキスをした
久しぶりに 感じたドキンだった
それから僕達は
銀杏並木の下で 度々出会うことになる
お互いが誰かは知らないまま 待ち合わせせずに 出会ったときだけ
C4-Picassoで都内を走り 別れ際にキスをする
それだけの関係・・・
秋の風を感じ始めた頃 カノジョは もう逢えないと言った
絵が完成したから ここに来ることはないと・・・
カノジョには家庭がある どうしようもないことだった
しかし 僕にとって カノジョの存在は思った以上に大きくなっていた
「この銀杏並木が 君の描いたとおりになった時 もう一度だけ逢いたい」
僕が言うと
カノジョは西風のように清々し笑顔を見せた
♪You’re Beautiful James Blunt♪
空の蒼が どこまでも遠い
今日の風景は カノジョのキャンバスの情景だった
カノジョは来てくれるだろうか・・・
あと5分で 15:00・・・
その時 こいつ(C4-Picasso)の天井に落ちた銀杏の葉が
奇数ならカノジョは来る・・・
僕は落ちてくる銀杏の葉を見守った
PI PI PI PI・・・
アラームと同時に枚数を数える・・・20枚・・・偶数だった・・・
C4-Picassoのエンジンを始動させた そのとき・・・
車の目の前に
銀杏の葉のような黄色いスカートの 女の子が飛び出してきた
思わず車から出た僕に 女の子が近づいてきた
女の子が 一枚の絵を差し出した
「これ どうぞ・・・」
それは カノジョの絵だった
最後に僕が見たときは
黄色い銀杏並木だけが続く 物哀しい風景画だったが
目の前にある絵には
男と女が 抱き合う姿が 描かれていた・・・
小走りに去っていく少女の後ろ姿・・・
その先に・・・
「ライアンの娘」がいた
銀杏並木の一本道を 通過するC4-Picasso・・・
屋根に積もった 無数の黄色い落ち葉が
再び 命を与えられたように 優雅に 空を舞っていた