映画と車が紡ぐ世界chapter167
人間の証明:ポルシェ・924S 1987年式
Proof of the Man : Porsche 924S 1987
次の路地を曲がると そこには駄菓子屋があった
ビー玉をポケットに詰め込みながら
銀玉鉄砲を片手に 麩菓子を買った
そんな 僕らの社交場も 今では大きなトタン板が打ち付けられている
昭和を封印したような 巨大な壊れたブリキのおもちゃ箱のように
それから50m進んだところに 今年廃校になった母校の中学校がある
男友達の冷やかしで 思わず 『いらないっ』と断った
あの バレンタインのチョコレート
初めて 女の子を泣かせてしまった校門も
北風が通り抜けることさえ 許さないように 頑丈な鎖がかけられていた
フロントエンジンに FRという構成から
ポルシェとは言えないと揶揄された 924S・・・
しかし ドロケーで 走り回った路地裏も
全幅1685mmのボディなら 苦にならない
レスポンスのいい回頭性は 確かに跳ね馬の血筋が息づいていた
そんな924Sの狭い視界から 飛び込んでくる
街の景色には 思い出がいっぱい詰まっていた・・・
僕は 刑事役になって 探し続けた どこまでも どこまでも
やがて 空が ゆっくりと オレンジ色に変わるころ
924は 街が一望できる 山の頂に到着した
下界に広がる 猫の額ほどの空間・・・
これが僕の子供のころの世界
そして 母にとっては 生涯この広さが全宇宙だった
この街ほど ステキな場所はない
そう言って 外の世界を遮断してきた母
そんな母の言葉を無視して 街を出た僕だったが
そこに理想郷はなかった
この街は 間もなく沈む・・・
中断されていた ダムの建設が再び始まろうとしていた
思い出が詰まった この街は 永遠に水の中に封印されてしまう
母と来た この峠の景色も・・・
「母さん 僕のあの帽子 どうしたんでせうね・・・
ええ・・・夏 碓氷から霧積へゆくみちで
谷底へ落とした あの麦わら帽子ですよ・・・」
そっと あのフレーズを口にするが その答えは・・・
帰ってこない
母は この街が消える前に 人生を全うした
母は 幸せだ この街と 共に生きていたのだから・・・
子供のころ憧れていた ポルシェを中古で買った僕は
僕の中の 麦わら帽子を探しに ここへ戻ってきた
しかし・・・
924Sのエンジンを点火した
もう 戻ることはないだろう
都会へ続く一本道に ハンドルを切ろうとしたとき
携帯が啼いた
「Ken・・・chan・・・」
それは 校門で泣かしてしまった カノジョだった
924Sが 街を彷徨っていた時 どこかですれ違ったらしい
地元に残っていた男友達を経由して
カノジョは 僕の携帯を鳴した・・・
「お帰り・・・」
それは 幼いころ聞いた 母の言葉のように 暖かった
「ただいま・・・」
僕が失くした麦わら帽子は カノジョがしっかり 持っていてくれた
924Sのリトラクタブルヘッドライトが開いたとき
光軸は もう一度 峠の街に向いていた
♪ 人間の証明 ジョー山中 ♪