映画と車が紡ぐ世界chapter154
キー・ラーゴ:BMW 2002ターボ 1973年式
Key Largo:BMW 2002 Turbo 1973
北陸の岬の突端で
バルト海に浮かぶ 世界遺産 ゴッドランド島の建物を彷彿させる
オレンジ色の屋根のペンション
それが 叔母の家だ
小学生の頃から 僕は 喘息の療養を兼ねて
気さくで 高笑い 地声の大きい叔母と この家で暮らしていた
都会で暮らす両親の意向で
大学は 東京の学校に進むため
毎日僕は 叔母のBMW2002に乗って 隣町の塾に通った
日産キューブより キュービックな外観
そして 丸目のヘッドライトが キュートな4ドアハードトップ
しかし・・・
この車 叔母にハンドルを握らせると
羊の皮をかぶった狼と言われる 獰猛な本性を表した
「大きくなったらワッチ(私)のような女を見つけな! Hahaha」
ロングヘアーを 無造作に束ねた
ナチュラルポニーテールの叔母は ドキンとするほど 美人だった
でも・・・
運転中 常にショートホープを咥えて
羊君(2002)の前に スポーツカーが割り込んでくると
”Chi!!”
と舌打ちしながら グンとアクセルを踏み込む
強烈な加速に
僕は いつも海苔のように シート背もたれに へばりついた
相手が どんな車でも 叔母が そのポリシーを変えることはない
そして・・・ 叔母に狙われた獲物は 確実に狩られた
「ワッチの前を走りたけりゃ もっと腕を磨いてきな!」
Ushi shi と笑う叔母の横顔は 戦いの神アテネを彷彿させた
助手席から 捕食寸前のガゼルのような顔で 運転席を見つめる僕は
男勝りの ガサツな叔母を
絶対に 女性として見ることはできないと思った
ただ・・・ あの日を除いて・・・
羊君(2002)が
本物の草食系の走りに徹した その日・・・
不思議に思った僕は 運転中の叔母の横顔をこっそり覗いた
夕陽は ずっと前に沈んでいたのに その瞳は 真っ赤に染まっていた
「男は どんな時でも ボガードのように かっこよく
そして・・・
そして 女より 強く無くちゃいけないだよ」
僕の頭を ぐしゃぐしゃにしながら 叔母は 言った
その日・・・
闘病中だった 叔母のフィアンセが亡くなったことを
僕は 後から知った
翌年 東京の大学に進学した僕は そのまま都会で就職についた
叔母との10年間の記憶は
日々蓄積される新しい経験に上書きされ 海馬の奥深くに埋もれていった
そして・・・
日常生活で 叔母のことを思い出す瞬間が 完全に消滅した頃
僕は 結婚を誓ったフィアンセを 病で失った
その夜 夢を見た・・・
オレンジ色の屋根の上で 叔母と僕 そしてフィアンセの三人が
シャンパンを片手に 僕の生い立ち話で盛り上がる
そんな とりとめもない日常のひと時だった
翌日・・・
北陸の無人駅で 僕を吐き出したローカル線が
哀愁を零(こぼ)しながら 緑の丘に消えたとき
Brooooooooooo
懐かしい2002の マフラー音
そして・・・
運転席の窓から漂うショートホープの煙
僕の瞳から 涙がこぼれた
変わらぬ姿の羊君(2002)は
無人駅のロータリーに停まっていた そして・・・
Faaaaaaaaaaaaaaaaan
改造フォーンが吠えた
「男は どんな時でも ボガードのように!」僕には そう聞こえた・・・
♪ Bogie & Bacall - Key Largo ♪
そうだ・・・
叔母の前に立ったときは 笑顔でいよう
銃弾を脇腹に受けながらも
クールに装ったフランク少佐(Humphrey Bogart)のように!
ゆっくり ゆっくり 時間をかけて 2002に向かう
そして・・・
叔母の瞳が見える距離まで来たとき
ひきつりながらも 僕は にっこり微笑んだ
「ボギー!! お帰り!」
叔母が 僕を男と認めてくれた・・・
西の空は
キーラーゴ島に沈む夕日のように そして・・・
あの日の叔母の瞳のように 真っ赤に染まっていた