【ショートショート】 映画と車が紡ぐ世界 chapter49
マネキン ~ スズキ ソリオ MA15S 2012年式 ~
Mannequin ~ Suzuki Solio MA15S 2012 ~
春日通り沿いに深緑の藤棚が見えてきた
珍しく今日は
ナビゲーションの案内と 僕の意見が一致した
混雑する右折レーンを避けて
一度左折してからUターンする いわゆる”捨て左折”をナビが覚えたようだ
マシーンの合成音声に
淡い やさしさを抱きながら 僕は目的地の公園にSolioを停めた
本日の出番を終わらせた太陽は
地平線に落ちているが まだメインキャストとしての威厳を誇示するように
西の空を オレンジ色に輝かせている
運転席のドアを開けると
心地よく流れる秋風とともに
コオロギたちの弦楽と ツクツクボウシの独唱が聴こえてくる
それらは
2022年の主人公が 既にお日様ではなくなったことを
僕に知らせているようだった
「君に会えない日は 死んでいるのと同じだ・・・
君と会話ができない日は 心臓が押しつぶされそうになる
それなのに・・・
今日は 君と会話ができる機会があったにもかかわらず
挨拶だけで終わってしまった・・・
あぁ・・・ いつまでたっても 先に進めないよ・・・」
藤棚の下にあるベンチに腰掛けると
ノンアルコールビールのプルトップを開ける
そして いつものように眼の前に立つEVEに 愚痴をこぼした
EVEとは この公園に設置された
左右両方の手に 1つずつ林檎を持ったブロンズ製のヴィーナス
優しい青銅の瞳で いつも遠くを見つめている
相手の心を探りあう社会生活に疲れた僕は
定期的に EVEと会話することで 心の均衡を保っていた
もちろん 僕の一方的な 語りだから
正式には会話とは言わないのだろう・・・
「君が カノジョだったら良かったのに・・・」
いつものひとことを告げると 僕はゆっくりと 腰を上げた
その時・・・
「私も あなたと 一緒にいたいわ・・・」
ブロンズの口元から ブリーズヴォイスが響いた
「あなたの お話を 私はとても楽しみにしています
ドライブの話を聴けば 束縛されたこの地から 旅立つことができました
お友達の悩み話を聞けば わたしも あなたと一緒に解決策を考えました
これまでも このさきも
何もしない 何もできないと思っていた私に
時を刻む楽しみを あなたは教えてくれました
あなたは 私にとって かけがえのない人」
!!
ノンアルコールだからといって 3本も空けたのがいけなかったか・・・
それとも 分厚い藤棚の葉緑素から発せられた高濃度の酸素が
僕を酩酊させたのか・・・
「驚いてしまわれたのですね・・・
でもこれは現実です
貴方の強い思いが 私を解き放ってくれたのです
今日から 私はあなたと どこへでも一緒に行くことができるわ」
そう言うとEVEは
台座から 軽やかに飛び降りた
細く しなやかな右足が地面に着地するまでの数秒間で
青銅一色だったEVEは
フレッシュピンクの素肌と
フォレストグリーンのワンピースをまとった淑女に変身した
「映画”マネキン”のエミー(Kim Cattrall)みたいに・・・
きれいだ・・・」
「フィラデルフィアの プリンスデパートのエミーなら 友人よ・・・」
僕は ジョナサン(Andrew McCarthy)になった気分で
ウィンクするEVEをSolioに乗せた
助手席のEVEは
街に咲くネオンの花を 不思議そうに見つめ
夜の街に溢れ返る人波に驚いた
「世界って こんなにも多様で 賑やかで 美しいのね・・・」
大きな瞳を輝かせながら 感激の涙をこぼすEVEは
運転席の僕に お礼にと 左手の林檎を分けてくれた
Gaburi!
と ひとくち!!
爽やかな酸味と共に
ハートと幸せのメロディラインを表す音符が 目の前に浮かび上がった
もうひとくち と思ったとき・・・
耳元で スターシップのドラムが けたたましく 鳴り響いた・・・♪♪
Starship - Nothing's Gonna Stop Us Now
わっ・・・! 驚いた瞬間・・・
僕は 冷たいエンジンのままのSolioの中に
一人でいることに気が付いた
EVE・・・
車を降りて あたりを見廻すが 誰もいない・・・
Solioは 停めた場所から 少しも動いていなかった
藤棚まで走った僕は
いつものように青銅の瞳のまま台座の上に立つ EVEを見つけた
夢だったのか・・・
そう思ったとき ポケットでケータイが鳴き始めた
カノジョだった
「実家から 林檎が届いたんだけど・・・ 林檎好き?」
「実は 食べ物の中で リンゴが一番好きなんだ」
いつもなら 電話でも硬直してしまう僕が 自然に会話をしていた
「それじゃ あげる!!
ただし・・・ 交換条件に ドライブに連れてってね!」
カノジョからの要求は 僕にとって全く交換条件になってない
どちらも 望むところなのだから・・・
「もっ・・・もちろんさ! 」
ヘッドライトが点灯し
公園を出ていくSolioを見つめる青銅のヴィーナス
彼女の左手に握られた
青銅の林檎には ひとくちだけ かじられた跡が残っていた
Suzuki Solio 2011 CM
♪ Starship - Nothing's Gonna Stop Us Nowは 映画マネキンの主題歌でした