【ショートショート】 映画と車が紡ぐ世界 chapter19
追憶 フィアット Nuova500 1965年式
The Way We Were ~ Fiat Nuova 1965 ~
小説家を目指していた僕とカノジョは
大学の図書館の名物だった
海野十三に埋もれる僕と
三島由紀夫で山を作るカノジョは 図書館の二大渓谷と呼ばれていた
僕の描く世界は 空想科学小説
ドリームワールドの扉の向こうに住む主人公は
必ず幸せをつかんでendingを迎える
小説の世界の住民が 幸せになることで
夢も希望も抱けない 現実世界の人々を 解放したかった
一方
カノジョの世界は 社会派ノンフィクション
肩まで伸びたストレートに
夕日に映えるレッドロビンの唇
憂いを含んだ瞳という
美女の特質をコンプリートしているのに
パンツスーツに 男勝りの口調は
助教授程度の論客ならば簡単に一刀両断するカノジョに
声をかける猛者はいなかった
Barbra Streisand - The Way We Were
そんな中・・・
カノジョ曰く 異端世界の創造主である僕だけは
常にカノジョの近くにいた
「君のstoryは浅薄だ 宇宙人との友好関係を紡いで
世の中の何が変わるんだ!
欲望と限界の狭間に苦しむ人々の中でこそ 明日の理が生まれるんだ!」
カノジョの 小説論は中世スコラ哲学における普遍論争のように重過ぎる
小説とは もっと軽いものだ
「僕は 小説に主張なんか求めていない
ただ みんなが 暖かくなってくれれば それでいいんだ」
そんな僕に カノジョは吠える
「やさしさでは 人は救われない
厳しい世界から目をそむけてはいけない」
二人の創作論議は平行線だったが
互いの作品を無視することはできなかった
あるとき
僕は カノジョが憧れる
フィアットNuova 500を タイムマシンにした 冒険小説を書いた
主人公BOYは 幼馴染のGIRLと共に
Nuova 500に乗って 何度も人生をやり直し
最後に ハッピーエンドを手に入れる
僕は BOYがプロポーズするラストシーンを再現するように
カノジョに
銀のカチュウシャをプレゼントした
「これで 君は生涯 幸せ者だ」
エンディングを迎えたGIRLのように
カノジョは瞳をキラキラさせた
しかし・・・
僕らを取り巻く世界は
僕のstoryではなく・・・ カノジョのstoryだった
父親の急死で
カノジョは大学を中退して故郷に帰ることになった
「やっぱり 現実世界が すべてだったな」
カノジョの口調は 昔に戻っていた
「そんなことはない
いつかきっと迎えに行く 君はもう僕のstoryの住民なんだ!」
上野駅のホームで叫んだ僕の声は 扉の向こうのカノジョには届かなかった
時の針は加速し・・・ 僕は就職した
カノジョを 早く迎えに行かなきゃと がむしゃらに働いた僕は
いつの間にか 仕事のための仕事に飲み込まれ
ドリームワールドの扉を 見失った
「どうしましたか?」
いつもは無口な ”Cafe Old Movie”のマスターが 声をかけてきた
「いや ちょっと 心臓がチクチクしたんだ・・・ でも大丈夫だよ」
チクチクしたのは 僕の心だった・・・
カウンターの後ろにあるテレビが 一人の女性童話作家の死を報じていた
『一生を 童話作りに捧げた カノジョの棺には
愛用の銀のカチュウシャが入れられました
カノジョが 私たちに残した最後の言葉・・・
~物語は私たちの子供 私の人生は ハッピーエンド~』
Nuvoa 500に戻った僕は 車載DVDのスィッチを入れた
~「The Way We Were-追憶」~
ケイティ(Barbra Streisand)の姿が カノジョと重なる
あれから40年・・・
瞼を閉じた僕の前に
ドリームワールドの扉が現れた
また 君と戯れることができるね・・・
バックミラーには 富士山が見えた
2月23日は 富士山の日
太陽に照らされた霊峰は 銀色のカチュウシャを付けていた
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