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【ショートショート】 映画と車が紡ぐ世界 chapter54
ゴースト ~ マツダ ロードスター NCEC 2011年式 ~
Ghost ~ mazda Mx-5 Roadster NCEC 2011 ~
「海ってほんとに しょっぱいのね・・・」
カノジョが言った
「あぁ 海は人の別れをたくさん見てきたから・・・」
真面目な顔で僕は言った
「なにをかっこつけてるんだかっ!!」
カノジョの活きのいいツッコミに
僕の瞳からキラリと しずくが落ちた・・・
山村育ちの僕らは 小さい頃から大海に憧れていた
もちろん大昔の人間じゃないから
海がイメージできない・・・なんて言わない
テレビや映画で 何度も見てきたから 理解はしている
それでも 本物を見るまで 僕らにとって海は
月や火星 いや天国や地獄と同じような 幻想の場所でしかなかった
20年間いつも僕の左隣りにいたカノジョが
僕に言う口癖
「Jun君! ホントの海に行きたいよねぇ 早く免許取ってよ!
あと・・・いつになったらスキ!!って言ってくれるのかなぁ・・・
私は 君が大好きだよ! スキ! スキ! スキ!」
もちろん僕だって カノジョとドライブしたかった
一緒に暮らしたかった
でも 苦学生には 夢のまた夢・・・
カノジョの 大リーグ並みの直球発言に少しだけ照れながら
サム・ウィート(Patrick Swayze)のように
“Ditto." (同上)と返した
そんな日常が 永遠に続くと思っていたのに・・・
カノジョが突然 病院に運ばれた
ショッピング中に意識を失って 倒れたらしい
慌てて 病院に駆けつけた僕を待っていたのは
患者とは呼べないほど
健康的な笑顔のカノジョだった
「ダイエットで 食事制限しすぎじゃないの?」
安堵した途端 愚痴が出た僕に
「ごめんね!」ペロリと舌を出してカノジョは謝った
いつものように「スキ!」を せがまれながら
この日も いつもの様に回避してた僕は
病室の外でカノジョのお母さんに 呼び止められた
20年間 陽気な笑顔しか見たことのない
カノジョのお母さんは 蝋人形のようだった
「あの娘のいのち あと半年なの・・・」
その日 僕の人生に 大きな棘が刺さった・・・
次の日から 僕は教習所に通い始め
二日後には
2011年式の ブルーのロードスターを手に入れた
ツーシーターのオープンカーは
次期型で アルファロメオと共存することが決まっている
おしゃれなヨーロピアン・スポーティ
カノジョが 夢見た車だった
食費を削って 教習所に通った僕は
紅葉狩りのシーズンには 免許を取得することができた
「約束 きっと守ってくれると思ってたわ!」
助手席のカノジョは
今まで見たことのないほどは しゃいでいた
僕たちは 東京を経由して 300度近く海に囲まれた城ヶ島公園を目指した
東京駅・・・
皇居・・・
そして東京タワー 高速道路からは ランドマークタワーや富士山も見えた
カノジョと二人だけの旅に
時の神 クロノスが嫉妬したのだろう
1分が1秒に変換されたように 時計の針が勢い良く回る
その結果・・・
目的地についた頃には 空は真っ赤に染まっていた
免許取りたての初心者ドライバーにとって 250kmの行程は
スペースマウンテン以上のスリルと冒険の旅だった
それでも カノジョが助手席から醸し出す
やさしい雰囲気が
僕の肩にのしかかる重圧を和らげてくれた
「ついたよ・・・」
車を停め 磯辺まで下りた僕たちは 生まれて初めて海水を手にした
「海ってほんとに しょっぱいのね・・・」
あの日と変わない 健康的な姿のカノジョが言った
少しだけ違うのは・・・
カノジョの身体は半透明で 後ろに続く大海原が透けて見えることだった
Righteous Brothers - Unchained Melody
「あぁ 海は人の別れをたくさん見てきたから・・・」
僕は言った
「なにをかっこつけるんだかっ!!」
陽気なカノジョが放った右手の突っ込みは・・・
僕をすり抜けた
カノジョは 寂しそうに右手を見つめた
そして もう一度笑顔をつくり直して言った
「約束守ってくれて・・・ありがとう・・・もう行かなくちゃ・・・」
「待て! 僕も そっちに行くつもりだ!」
そう言って
海に飛び込もうとした僕の身体は 急に自由が効かなくなった
「Jun君! 私ができなかったこと・・・いっぱい経験して!
そして・・・
いつの日か こちらに来たとき・・・
いっぱい いっぱい 話を聞かせて・・・
Jun・・・スキ!・・・スキ!・・・スキ!」
余命半年と 言ったじゃないか・・・
まだ日焼けも残っていたのに・・・
病院に入って たった2ヶ月で 逝っちまうなんて!
泡になって消えた人魚のように
カノジョの姿が 透けていく・・・
「Saki! 大スキだ!」
最後まで 伝えることのできなかった一言を
海に向かって叫んだ
消えゆく瞬間・・・
カノジョは 少しだけ照れたような 笑顔を向けていた
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