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【12】夜光漂流

豹変

夜の街を望む川沿いの堤防の上にささやかな夕食を広げると、櫂はスマホスタンドでお気に入りのゲーム実況画面を立ち上げた。
画面の中には紙袋を被った男性と思われる配信者が、流行りのFPSゲームを軽快な操作で駆っている。
紙袋の頭頂部からは、袋を突き破るようにパンクな鶏冠が突き出しており、目の部分にはメッシュで出来たのぞき穴が空いている。紙袋の至る所にはこれまでランカー入りしたゲームタイトルのステッカーが乱雑に貼られており、あたかも行った国のステッカーをスーツケースに貼り付ける旅行者のようにも見えた。

『三分坂P』は、顔出し配信一年を迎え、界隈では急成長する配信者の1人にまでなっていた。
三分坂Pを押し上げた理由は、ランカークラスのFPSゲームのスキルと、毒舌ながらもウィットと知見に富んだトークの数々だった。
特に雑談回でプレイするレトロゲームのプレイは、FPSで相手プレイヤーを狩る姿からは程遠くまったりとしており、そのギャップもまた三分坂P人気を決定づけていた。

櫂は三分坂Pの大ファンになった。
孤独な深夜のフード配送のお供に欠かせない存在となり、ライブのない日はアーカイブを繰り返し聴いた。
登録者数50万人突破記念で作成されたステッカーやグッズを買い揃え、Tシャツを着て配達に出掛けた。道ゆく誰かが櫂のTシャツに視線を向けると、「この人も『知っている人』だろうか」と確信のない嬉しさに浸った。
実況にのめり込むあまりミスも多かったが、初めて仕事が1年間続いた。

スマホ画面の中で、三分坂Pが華麗にそのマッチのキルリーダーを獲得する。
櫂は堤防の上でガッツポーズを繰り出した。


ゲーミングライトに彩られた空間で紙袋を被った三分坂が熱の入った配信を繰り広げている。
「おおっと! 今のは危なかったね!」
ゲーム内のプレイアブルキャラクターは、軽快に敵機を狩ってゆく。
動きに熱の入る三分坂、しかし手元にある筈のキーボードやゲームパッドなく、空の空間で身振り手振りを続けている。
少し離れたところには、洋高が三分坂の代わりにゲームをプレイしている。
軽快な操作、二人の画面は共有され洋高の席にはキーボード音を拾うためのマイクが設置されている。
洋高がプレイをし、三分坂がトークで盛り上げる、1年間でこのスタイルが確立していた。

洋高が最後の敵機を倒す。
祝福コメントと投げ銭が飛び交うコメント欄を三分坂は軽快なトークで拾い盛り上げてゆく。
配信終了を告げるメッセージを視聴者へ伝える三分坂。配信者の「配信終了」メッセージを聴くと配信から離脱するユーザーが多いのが業界の常だったが、三分坂Pのユーザーの多くは離脱せずに配信を観続けている。
三分坂のトークや、コメント欄とのやりとりを皆が期待しているのだと洋高は思った。

洋高は配信を終了させてヘッドフォンを外した。
「配信終了」三分坂へ伝えるように一言。
その言葉とほぼ同時に、突然座っている椅子がガクンと揺れた。
見ると隣から三分坂の脚が伸びてきて、洋高の椅子を蹴っている。

「何すんだよ」
マスク越しで表情が読めない三分坂へ、洋高は精一杯の抗議を言い放った。

「何すんだよじゃねーよ!」
三分坂はマスクを脱ぎ、ヘッドフォンを外して言った。
「1戦前の廃墟のトコ、俺のトークと合ってなかっただろ!」
三分坂は尚も洋高の椅子を蹴って頭ごなしのクレームをぶつけてきた。

この半年ほど、三分坂とはずっとこの調子が続いていた。
2人で始めた『三分坂P』のあの時の一体感は、ゲームプレイ中の呼吸合わせ以外では感じられなくなっていた。
洋高は反抗的な視線を三分坂へ向けた。
この日は、引き下がるつもりはなかった。

》》続く

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