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【06】夜光漂流

三分坂の契約

観光地に近いせいだろうか、平日の日中にも関わらず気付くとカフェの席は7割近く埋まってきていた。
土地柄、外国人観光客も立ち寄り、カウンターの店員と軽快な英語で談笑をしている。自分の目の前に有名な配信者が居ることも相まって、洋高にはここが現実なのか一瞬分からなくなりそうだった。

「プレイヤーになってほしい」という三分坂の提案は、洋高を斜め上から突いてきた。さっきまでの高揚感は一気に収まり、今は返答の一つ一つに慎重に答えていた。

「自分、これまで結構色んなジャンルをやってきたんだけど……」
三分坂が、問いかけるように話す。
「はい、正直全部ではないですが……動画、沢山観てます」
洋高が応える。

「嬉しいね! ストラテジーとかハスクラとか特に多いんだけど、今って、FPSと言うかヒーローシューター系が欠かせないんだ、分かる?」
「分かります。 プレイ人口も年々増えていて……」
三分坂が遮る。
「そう、だから俺もチャンネル運営者として挑戦しなきゃいけないと思ってるのよ。 置いていかれないために」

「乗ってる三分坂さんが、置いて行かれることを考えているんですか?」と洋高。
三分坂は、当たり前だろう、という表情でアイスコーヒーをひと口飲む。
「チャンネル、デカくしたいのよ。 そのためにチームになる必要がある、って思ってるわけ」洋高は、三分坂の喋り方が、配信のその時と同じになっていることに興奮を覚えていた。

「三分坂さんは、『全部ひとりでやる』が売りだったのではないですか? チームを組んでイメージは大丈夫なんですか?」
洋高から切り出した。一番聴きたかったことは、配信者としての自分、ヒロPのその後だった。
「確かに、三分坂=全部ひとりってのはイメージだけど、今後は編集とかにもスタッフを入れていきたい、まずは顔出し配信から挑戦もしたいんだよ」

「三分坂さんが顔出し配信ですか?!」
「10万人超えたらやるって言って、その後はやるやる詐欺してるんだけどね、チャンネルのためだ」
三分坂は無邪気に笑っていた。有名な配信者からの誘いではなく、洋高はこの人と働きたいなと感じた。

三分坂は答えを急がなかった。一週間の返答期間を設け、その日は互いに好きなゲームや配信者の話をとめどなく続けた。
報酬の提案は以下の通りだった。

■週に3度ライブ配信を行う(内2回は週末とする)
■1回のライブ配信は1時間〜1.5時間を目安とする
■1回のライブ配信プレイの報酬は1万円+税
■ショート動画編集1本7千円
■ライブ配信のアーカイブ管理とサムネ作り1本5千円

登録者数12万人の三分坂としては思い切った待遇と感じた。彼のチームに対する誠意、チャンネルをデカくするという彼の言葉の本気度を示すように感じられた。

三分坂と別れたあと、洋高はすっかり暗くなった水路脇の歩道を歩くことにした。熱を覚ますために。
現実離れした経験と、誰かとゲームの話をしたかった想いが叶った特別な1日となった。

洋高はふとスカイツリーを見上げた。
夜空には12万人の様々なコメントが降り注いでいた。

》》続く

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