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【03】夜光漂流

登録者数530人のゲーム配信者

これ以上ない幸福というものは、こういうことだ。
毎日汗をかいて働き、衣食住に係るお金をしっかり支払い、一日数時間の限られた時間を自分の追求するものに捧げて生きる。
登録者数536人のゲーム配信者『ヒロP』は、そんな世界一幸せな配信者たちの一人だった。
毎月の税金の督促状には気を揉んでいたが。

ゲーム開始1時間、試合は3戦目を闘っていた。
紙袋の節穴からチラッと配信確認用のノートPCを見る洋高。同接視聴者は11人、コメント欄は深夜の神社みたいに静まり返っている。

3戦目、ヒロPは得意なステージに降り立った。
遠くに敵影の配置が見えた。直感でいいフォーメーションを組んで来ている感じる。
「フレンド同士かな?」
こちらのチームは即席、自分がアタッカーを買って出るしか勝つ見込みは低そうだと感じた。
仲間にエモートで高いビルに入り込もうと提案を送る。エモートで返す仲間、無反応ながらついてくる者、まちまちだった。

ビルに陣取るヒロPの部隊、敵チームのタンクが2Fから突入してくる。
判断の速い敵チーム、勝負はすぐに着くと洋高は感じていた。
索敵をしているタンク、囮も兼ねているのはヒロPも理解していたが、先手必勝、タンクが吹き抜けを通過する際に上空から飛びかかりショットガンの雨を降らせた。
ダメージを受けながら引き下がるタンク。ヒロPはタンクを深追いせずに再びワイヤーで上階へ戻ると、挟撃を準備していた敵チームのアタッカーを不意打ちで射抜いた。
「ヒュー、読んでたよ!」

敵機がデジタルの光になって消える、後にはドロップしたアイテムボックスが効果音と共に残された。
少し遅れてコメント欄に一つのコメントが書き込まれた。
『ナイスです』

いつもこうなんだ、これだからやめられない。
いいプレイをしているとちゃんと見てくれる常連が居る。
アイテムボックスを漁りながらチラッと名前を見ると、やはり常連の視聴者さんだった。
ヒロPはコメントに応える。
「たかちゃんさん、ありがとうございます」
チームの仲間にエモートで合図を送ると、残りの敵チームを殲滅にかかった。

『もっと喋ればいいのに、ヒロさん』
そんなコメントが3戦目終わりのロビー画面中に飛び込んで来た。
そのコメントが今日の2つ目のコメントだった。
不意をつかれて吃り出す洋高。もちろん洋高にはそのプランがあった。
そのために紙袋を被ってまであえて配信に顔を載せている。
ここが自分の世界で、誰かと繋がっていたかった。喋りたかった。
「いやあ、僕、トークに自信ないし」

同接15人、この日は珍しくコメントが続いた。
『プレー上手すぎ、でも紙袋で声聴きづらくて草』
別の人からのコメントだった。
「そうなんですよ!デジタルアバターにしようかな?」
嬉しい洋高。登録者数が1名増えた。
これは東京モノレールの左カーブ以上の快感だ、と洋高は思った。

この日は結局5戦やって残りの時間を動画編集に費やした。
自分の良いプレーを切り取りショート動画に仕上げる作業に没頭する洋高、お腹が空いても作業の手を止められなかった。

>続く

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