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【10】夜光漂流

夜に生きる若者たち

櫂は凹んでいた。
バイト一週間目にして早くも仕事を失う恐れに直面していたためだった。
好きな配信を聴きながら、ゲームの配信者と登場キャラクターになったつもりで夜の街を駆け回っていたが、少々ハメを外しすぎていたことが理由だった。

櫂は、自分がゲームのキャラクターになったつもりで無駄に階段を駆け上がり、廊下のコーナーで意味もなくそこには居もしない索敵をし、戦場ごっこをしながら配達をしていた。
バイトテロよろしく、数件のクレームが配達登録会社に届いていた。
櫂は重めの注意を受け、その時に初めて自分の行動を振り返った。
無意識だった。
誰かとコミュニケーションを取らずに一人で出来る仕事、寂しい夜のお供に推しの配信者の配信を聴きながら楽しく働いていたつもりだった。

定位置となった川沿いの堤防によじ登った。
腰掛けると、日中の熱がまだコンクリの奥に居ることを僅かに感じた。
東京の夜の街は綺麗で、配信を聴いていないと意外にも静かだった。
視線の先には、櫂と同じくフード配送の休憩中と思われる男性が、公園のベンチに寝転んでスマホを眺めている。
公園の一角に敷設されたモビリティ自転車サービスの駐輪場に、原付に大量のバッテリーを積載した大学生くらいの若者がやってきて、電動自転車バッテリーの交換作業を黙々と始めた。

配信を聴かない間の休憩中や配達の時間はとても長く感じた。
夜の時間は長く、櫂たちは若かった。

「よう、おたくらも眠れないクチかい?」
櫂は心の中で彼らに語りかけてみた。

その日は配信を我慢して仕事を続けた。
いつもの数倍疲れたように感じたが、クレームはゼロだった。
途中で一件、屋上でグランピングをしている三人の女性に出会って会話を交わしたことが印象的な日だった。スカイツリーを借景に楽しくお酒を飲んでいる場所にタコスを大量に届けたのだ。
彼女たちも長い夜を持て余しているように感じた。
自分と同じように、一晩中過ごす仲間がこの街にはたくさん居るのだろうと思うと、櫂は少し元気さを取り戻した。

仕事終わりの明け方、SNSのトレンドをチェックすると『ゲーム実況』カテゴリのトピックに『三分坂P』というワード選ばれていた。

「聴いたことがない配信者だな、起きたらチェックしてみよう」、「自分の好きなFPS系だといいな」と櫂は思ってスマホを閉じた。

》》続く

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