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【09】夜光漂流

櫂の初出勤

夕方15:00のアラームは、その日もシェアハウスにけたたましく鳴り響いた。
ミリタリーグッズと好きなゲーム配信者のグッズに囲まれて眠る櫂(かい/25)は、今日がフード配送バイトの初出勤日だった。
多動と妄想癖のせいでこれまで数多くのバイトをクビになってきた実績を胸に、今度こそは失敗しないように一人でできる仕事を選んだ。

ミリタリーとゲーム配信に次いで、自転車は好きだったし、身体を動かす仕事がしたかった。オフィスで働くよりも、風を切る方が性に合っているとも感じていた。
愛車のロードバイク、FELTを配送用にカスタムし、配達者としての認可が降りる今日を待ち望んでいた。

洗面台で顔を洗い眠い目を覚ますと、FELTを押し込んだ手狭な部屋で身体を十数回ほどぶつけながら身支度を始める。
新調したフード配送バッグが誇らしく櫂の背中に収まった。櫂はFELTを担いで玄関からその日の配達へ向かった。

最初の依頼は一時間で届いた。
タコスの店へと赴き、ブリトーとハードタコスを買い求め、颯爽と届けた。
土地勘もあり、苦戦することはなかった。何より愛車で走ることが楽しく感じた。
そこから次の依頼がなかなか届かなかった。

櫂は、飲食店が並ぶエリア近くの川沿いに自転車を停め、堤防によじ登った。空は夕方と夜の境を告げるマジックアワーで、東京のマンション群の影がコントラストとなって美しかった。
イヤフォンを装着し、スマホを取り出す櫂。好きなゲーム実況者の配信を視聴する。
スマートフォンには流行りのFPSゲームのバトルシーンが目まぐるしく映し出されていた。実況をしているのは、有名配信者の『あっきー』、櫂は彼のファンだった。

配信に熱中する櫂。あっきーが敵を倒す度にエキサイトする。
唐突に次の依頼がスマホに入る。
櫂は、配信で昂った気分そのままに次の配送に向かった。

2件目の届け先は少し古びたマンションだった。
櫂は先ほどまで試聴していたFPSゲームのステージに似ていると思い、ふとイヤフォンを装着して先ほどのあっきーの配信を聴き始めた。
イヤフォンからあっきーの声が聴こえてくる。
『フレンドへ、この階の索敵をするぞ』
実況は、妙に櫂の居る状況と似ていた。
櫂は自分があっきーと繋がっている錯覚を覚えた。
『これは! 楽しいぞ』と櫂。
櫂はフード配送をしながらゲームの登場人物になりきって配達を続けた。

》》続く

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