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【11】夜光漂流

派遣会社のカードーキーで忍び込んだ屋上の空間は、見慣れたはずだった東京の別世界を映し出していた。
普段は気だるく歩く東京メトロからの出勤ルートも、肩をぶつけてくる何かにイラついたビジネスパーソンも、ここから眺めた景色の一部となって都会のジオラマに収まり、自然な調和すら感じることができた。
街並みの向こうにはスカイツリーが存在を主張するように、期間限定コラボの有名キャラクターカラーに発光していた。

「引いて眺めると、綺麗に見えるんだね」
汀(なぎさ/25)は上機嫌で友人2人を招き入れ屋上で小さなパーティを催した。
じきに会社に見つかるだろう、それまで思い切り楽しむつもりだった。
用務員室で眠っていたテーブル一台に、少しフレームの歪んだパイプ椅子を一脚、残りの二人は折コンテナを逆さにして腰掛け、100均のテーブルクロスを掛け、セカストで買った中古のランタンをその上に置いた。
ささやかなグランピング会場は、時間制限付きの小洒落たバルに引けを取らないと汀は感じた。

「あのパパさんと、結構続くじゃん」
友人の一人、一ツ木(ひとつぎ/28)は、ビール缶を一本飲み干したところで汀に話しかけた。
「めんどくさい男だけどね」と汀。

すぐにキレて、もしくは相手をキレさせて関係を終わらせる汀の“お仕事”は、珍しく半年続いていた。
汀は、この話から避けるようにスマホの画面に集中する。
一ツ木は、汀が会話から避けたことを察知し、この話を終えようと汀のスマホを指差し、知っている話題をあえて振った。
「いっつもみてるね、それ」
「面白いの、あっきーさん」と汀
「ゲームの実況、自分でもやればいいのに」

「私は観る専だから。 ソシャゲ親指族ではあるけど」
汀は一ツ木に視線を合わさずにあっきーへ投げ銭を贈った。
画面の中から、投げ銭に反応するあっきーの声が聴こえてくる。この瞬間がたまらなく好きだった。
登録者数20万人を超える配信者と繋がっている瞬間を感じた。
そこにはその瞬間1,000人近くの視聴者が目か耳を配信に預けているのだ。あっきーというステージの端にチラッと躍り出た感覚に病みつきになった。
会うといつも感情的になるパパ活相手の男性や、会社の同僚、一ツ木たちとの関係性と同じくフィジカルなつながりの一つにすら思えていた。

お腹が空いた汀たちはフード配送を頼むと、無理を言って配達員に屋上まで運ばせた。櫂がタコスを大量に届けにきた。
櫂の整った顔立ちについて、またビールを空けては盛り上がった。。
若者たちの夜は長く、東京の夜は孤独だったけれど、その日の汀たちは満たされていた。

この会を毎週やろう、と相談をすることで、毎回フード配送を頼む店を決めるタスクが彼女たちに与えられた。
新しい遊びを覚えたての高揚感に包まれ、お酒の力も借り、汀は自分の感覚がフワフワしていることを感じていた。
銃を構える素振りで、階段をコーナリングして去って言った櫂が不審ではあったが、楽しい宴は続いていった。

》》続く

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