【08】夜光漂流
三分坂Pとしての1日
AM8:00のアラームが鳴る。
洋高のルーティーンは様変わりした。
もう毎日軍手を手洗いすることもない、服の臭いを気にする必要もなく仕事に自分の好きな服を着ることが出来た。
おにぎり2つの節約弁当は継続することにしたが、まるでいち社会人としてキャリアアップした朝でも迎えたかのような目覚めを感じていた。
カーテンを開けると、強い日射しが射し込んできた。いつもの倉庫からの帰りに浴びる見慣れた奴だったが、今朝はやけに清々しかった。梅雨の合間に射す日射しはこの先の夏が暑くなるだろうことを予感させた。
三分坂の住居兼配信部屋へと出勤する洋高。
部屋の用途は配信者特有のレイアウトに改造されていた。寝室を配信専用の部屋に作り替え、壁にはグラスウールを敷き詰めていた。
器用で凝り性な三分坂はデスクも自作しているらしく、IKEAの天板に昇降式デスクの脚を付けたものだった。几帳面な性格を感じられるケーブル配線は用途に合わせて分配され、しっかりとベルクロで数本づつの束にまとめ上げ視界から消されるように配置されている。
企業から提供されたというG-Tuneの最新ゲーミングPCに、拘って購入したEIZOのワイドモニター、視線を大きく動かさずにコメントが読めるように縦型に置かれた試聴用モニターを設置し、ライブで配信画面をチェックできるようにノートPCがアームに支えられて宙に浮いていた。
一言で言うならば、と洋高は頭の中でつぶやいた。
自分が目指している理想の配信部屋だ。
洋高は三分坂のデスクから少し離れた隣の仮設デスクに座る。
三分坂と同等のゲーミングPCが用意されていた。
キーボードは慣れた自分の私物を使用する約束をしていたので、洋高はキーボードをセットし、PCを立ち上げゲーム開始画面の設定を行った。
三分坂と入念なテクリハを行い、カメラと照明をセットした。
三分坂Pの最初の配信が始まると、ライブ待機画面で既に135人の視聴者が集まってきた。まだ時刻は夕方。縦型コメント用モニターには十数個のコメントが一気に流れた。
洋高は興奮した。憧れの環境に自分は居るのだ。
画面に映る三分坂の代わりにプレイをするゴーストプレイヤーの身であっても、この配信が自分のもののような気持ちになった。
「さあ、行くかね」
三分坂はそう言うと、ライブ配信開始画面に切り替えた。
約一時間半の配信は大盛況に終わった。
三分坂の苦手なFPSの代わりを洋高は見事に演じてみせた。三分坂もまるで自分がプレイをしているかのように身振りを加えてカメラに映り込み、リハの通りに洋高のプレイをトークでもフォローした。
一貫して、本番になると豹変する三分坂のトーク力に洋高は圧倒された。カフェで会った気のいい男とは別人のようだった。これが10万人を超える配信者の本質なのだ、そしてもっと上がいるのだ。
業界への自分の憧れの甘えを感じもした。
「ふう、お疲れさん」
三分坂はマスクを脱ぎ、洋高に労いの言葉をかけた。洋高はまだ放心状態になっている。三分坂は洋高のそんな仕草に一瞬思考を巡らせていた。
どん、と洋高の肩に三分坂の手が押し当てられた。
ビクッとする洋高、同時に自分の気の弱さがバレてしまわないかとその反応に後悔した。
「洋高くんよ」と三分坂。
「緊張しすぎなんだよ、二戦目の途中、スーパープレイしすぎたろ。いいか……。 三分坂Pは少しづつ上手くなっていく『演出』なんだ、しっかりしろ!」
三分坂は洋高の背中を何度も激しく叩いた。
洋高は、この三分坂の強い言動を『情熱』だと受け取った。100万まで伸ばすという三分坂の目標のための情熱だと、その時は素直に感じていた。
》》続く