イザヤ書8:1とニーファイの大版
イザヤ書8:1(口語訳)
主はわたしに言われた、「一枚の大きな札を取って、その上に普通の文字で、『マヘル・シャラル・ハシ・バズ』と書きなさい」。
イザヤ書8:1(新共同訳)速やかな略奪
主はわたしに言われた。「大きな羊皮紙を取り、その上に分かりやすい書き方で、マヘル・シャラル・ハシュ・バズ(分捕りは早く、略奪は速やかに来る)と書きなさい」と。
NJさんのブログから転載
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ (オムナイ)
2021-08-10 03:54:59
イザナギは男神で、イザナミは女神。
イザヤの妻ツィポラは女預言者だったなぁ。と思いながらイザヤ書読んでました。
イザヤ書8:1(聖書協会共同訳)
主は私に言われた。「大きな板を取り、その上に普通の文字で、『マヘル・シャラル・ハシュ・バズのため』と書きなさい。」
ーーー
大きな板に普通の文字?違和感ありますね。
モルモン書のイザヤ書引用箇所は2Ne16:1
「さらに、主の言葉がわたしに言われた。『大きな巻き物を一巻取り、それに普通の文字でマヘル・シャラル・ハシ・バズと書きなさい。』
新共同訳でもイザヤ8:1
主はわたしに言われた。「大きな羊皮紙を取り、その上に分かりやすい書き方で、マヘル・シャラル・ハシュ・バズ(分捕りは早く、略奪は速やかに来る)と書きなさい」と。
ーーー
他の訳でも羊皮紙や板、と翻訳がわかれています。
こちらの解釈が納得できました。
blog.goo.ne.jp/kuro-obi/e/240b23683bdfa67625e5f9ab5a2ca642
~普通の文字で・・・書け?~
1節の私訳
主は私にお命じになった。「大きな石の板一枚と砥いだノミを用意し『マヘル・シャラル・ハシ・バズ(略奪の日は迫っている。はく奪の日はすぐにも訪れる)』と刻め」。
ーーーー
とまぁ、一応納得したところでモルモン書寄りに別の考えも浮かんできました。
「石の板」といえばモーセに授けられた2枚の石板。
出エジプト32:16
その板は神の作、その文字は神の文字であって、板に彫ったものである。
---
イザヤ書の「普通の文字」はモーセの石板の「神の文字」を意識したモノであって「ヘブライ語」のことではないか?
モルモン書にはスペースが多くあればヘブライ語で書いた。とある。
では、「神の文字」は?
エジプトの神官文字(ヒエラティック)ではなかったか。
モーセは生まれてこの方エジプトにいた。
さらにさらに、大きな板(large tablet)とは、
ニーファイの大版(large plates)と同じ意味であって
ニーファイの大版には主に「歴史」が記されたとあります。
同じようにイザヤ書の「大きな板」は歴史書を意味するのかも。
するとこうなる。
偽預言者オムナイの私訳
主は私にお命じになった。
「歴史用の版に『マヘル・シャラル・ハシ・バズ(略奪の日は迫っている。はく奪の日はすぐにも訪れる)』とヘブライ語で記せ」。
イザヤ書8:16
わたしは、あかしを一つにまとめ、教をわが弟子たちのうちに封じておこう。
ーーー
と、ここに繋がってくるのかも。
素晴らしい推論だ (Wです)
2021-08-10 09:02:06
「と、ここに繋がってくるのかも」
成程 !
素晴らしい推論ではないかい
妄想訳なのでw (オムナイ)
2021-08-10 15:31:44
>素晴らしい推論ではないかい
ですか?お恥ずかしいw
この「大きな板」がラバンの真鍮版的だともっと面白いですね。
先に紹介したこの方は「大きな板」に焦点を当てています。
blog.goo.ne.jp/kuro-obi/e/e1e16efcf93cda2611c3b1ee9145a660
~大きな板?~
新改訳では大きな『板』という解釈ですが、新共同訳では『羊皮紙』となっています。
この違いは底本にしているテキストの違いで、マソラ・テキスト(Masoretic ヘブライ語)を底本とした場合、『gillayown ギリヨーン』ということばで『板材』と訳出されるようです。
一方、七十人訳(Septuagint ギリシャ語訳)を底本とした場合『τομον tomon』というギリシャ語を『パピルス、巻物』と解釈してきました。板か羊皮紙か、どちらの解釈が正しいのか調べてみましょう。
ーーーー
もちろん、現代はマラソ本文の方が権威がありますから、そちらを採用すると。
「gillayown」ギラヨン?が出てくる箇所は旧約でわずか二箇所。
biblestudytools.com
NAS旧約聖書ヘブライ語辞書
意味
テーブル、タブレット、鏡、平らな光沢のある飾り
イザヤ3:23
鏡、上質の亜麻布の服、ターバン、かぶり物を取り去る。
ーーーーー
そしてーー!!!ここでのギラヨンは「鏡」
おそらく紀元前の鏡とは青銅製でしょう。
モーセの五書など載せてあった、ラバンの真鍮版もおそらく青銅製の板。
イザヤの大版は真鍮版だった!というのは妄想すぎるでしょうか?
lexicons/hebrew/nas/gillayown.html
※ラテン語styloは『先の尖ったもの』という意味で、ノミという意味も含まれています。
ノミではなくて、先の尖った鉄の筆で書かれたものでしょうか。
エレミヤ17:1「聖書協会共同訳」
ユダの罪は「鉄の筆、ダイヤモンドの先で書き記され」
その心の板に祭壇の角に刻まれている。
Re;妄想訳なのでw (オムナイ)
2021-08-16 08:16:24
追加レポートです。
>モーセの五書など載せてあった、ラバンの真鍮版もおそらく青銅製の板。
合金としての「真鍮」はローマ時代から。。と思っていたのですが、
どうやら先史時代からあったようです。
古代の技術侮り難しですね。
>イザヤの大版は真鍮版だった!というのは妄想すぎるでしょうか?
ジョセフ・スミスも参照したらしいアダム・クラークさんの聖書註解書
http://www.godrules.net/library/clarke/clarkeisa8.htm
第1節の 「この言葉は「転がす」という意味のllg galalからではなく、・・「こすってはっきりと明るくする」、「磨く」を意味します。
したがって、この由来によれば、「wylg gillayon」はロールや巻物ではなく、古代に鏡として使われていたような磨かれた金属板を意味している可能性が高い。
・・出エジプト記第三十七章8節によると、イスラエルの女性の鏡は、細かく磨かれた真鍮で作られていたが、そこから、彼女たちが使っていたのは、幕屋の扉に集まるときにも持ち歩いていた小さな手鏡であったと思われる。
・・預言者は、この小さな手鏡のようなものではなく、大きな鏡、すなわち、職人用の彫刻刀で「Ťwna frjb becheret enosh」と深く永遠に続く文字でその上に自分が伝えるべき預言を刻むのに十分な大きさの石板を取るように命じられています。
この場所でのfrj cheretは、確かに書いたり彫ったりする道具を意味しているが、・・・それゆえ、ここでは、Ťwna frj cheret enosh(労働者の道具)と呼ばれ、hŤa frj cheret ishshah(女性が使っていた同じ名前の道具)と区別されています。
www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。
・イザヤ8:1の「大きな板」は真鍮製の可能性がある。
・(KJV)のman's penとは職人用の彫刻刀を指す。
労働者の道具)とも呼ばれ、女性が使っていた同じ名前の道具とは区別されていた。
ーーー
むぅー。ニーファイが大版(歴史用)と小版(霊的用)と分けて書いたのはオリジナルアイデアではなくて、ユダヤ人の伝統だったのかもですね。
小版の「ある懸命な目的」が116ページを失ったジョセフスミスの後付けの創作と見えてしまいますが、
これも実は複製(バックアップ)を作っておく古代の習慣だとか。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?