クワズイモ
すれ違ったひとからその人の家の匂いがする。赤ちゃんのような匂いのするおじいなど居て、ユウキさんの言ってた「人間は年がいくと幼児にどんどん戻っていく」という言葉に納得する。
夏、仕事の最中にユウキさんとは会って、そのときユウキさんは植木を手入れしたり、使わなくなったベビーカーを外に出すなどしていた、そのベビーカーや、ビデオデッキ、タンスなど、ユウキさんの息子の家から運び出す仕事でその日は一万二千円をもらった。ものすごい晴れの日で、朝はにわか雨が降った日だった。
鉄製の門扉を開け放しにしないとベッドが出ない、門扉が開かないのはでかい植木が置いてあるからで、その植木を横にずらして作業してた。ユウキさんはそれを見て植木を勝手に動かしていることに言及せず、「この子きれいでしょう。じゃあこの子も邪魔になるわねえ」と言ってピンクのゴム手袋で、中くらいの、それでも重そうな植木を動かそうとした。
「いえベッドはもう出ました。というかもうこのベッドで作業は終わりです。すいませんありがとうございます。ちょっとこれ、勝手に動かしてもうて……もう終わりますんで、ちょっと最後、これ直しますね」
「全然ええのよ。あ、全然てこういう使い方せんのやったね。わたし動かしとくから、暑いのにねえ、ありがとうねえ」
と言ってユウキさんはおもむろに除草剤を撒いた。
「動かさへんもん動かしたらね、やっぱりちょっと気になるところが出てくる。そういうもんってわかってんねけど、どうしても気になるもんねえ」とユウキさんは植木でなくて、庭の地面から直接生えていてこんもりとなっている茂みにもう一度その粉を撒いた。もう終わりますんでね、もうこっちは使いませんから、と言って自分は植木を戻して、門扉も閉めた。
「ありがとうねえ。この子も喜んでるわ。この子を今日こうして動かしてくれたこと、あなたが思い出す度にこの子がね、ありがとうて言うてたこと思い出してね。さっきからずっとありがとうて言うてるから。わたしじゃないよ、この子が思てるから」
と言ってユウキさんは自分の背中をポンと叩いてくれた。「濡れますよ汗」「いいのよ」とユウキさんはもうゴム手袋をしてなかった。不意打ちだった。よく匂う、人の家の匂いだと思うその匂いがユウキさんの息子さんの家からもした。比較的新しい住宅地のなかで一件、少し古い家だったと思う。