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借りれるエナジー
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「先輩、今大丈夫ですか。そうです、十一月九日、絶対空けといて欲しいんですよ。送ったリンクは見ていただけました? そうなんですよ、全部数字で出てるんですよ。中小企業は二十万から三十万社潰れますよ。大きい理由は三つ、物価高騰、人手不足、それからコロナの給付金です。今も返せなくなってどんどん潰れているでしょう。それがどんどん加速していきますよ。国がいくら借したか知っていますか。四十五兆円です。それがいくら返ってくるかの試算も出てます。いくらだと思いますか? 五兆円です。だから四十兆円分の企業は潰れるんです。全部数字で出てるんですよ。知らない人と、知っている人ではこれから大きく差が出ますよ、先輩は知っている人でしょう。だから十一月九日空けといてくださいね。一緒に、タクシーで行ってもいいです。光ってる系の先生とわたしの会です。絶対行きましょう。では」電話を切って男性はおもむろに彼に「聞いてましたか」と言った。「全部本当のことなんですよ」ジルコニアのピアスとギンギラの眼鏡のフレームを彼はミラーで見た。「やばいよ本当、タクシーの仕事もさあ、なくなるよ。今モーターショーでさあ、何割の車が自動運転になってるか知ってる? 二割ですよ。もうスマホで呼んだら目的地まで連れてってくれる時代がすぐそこまで来てますよ。知らないとやばいよ本当に」彼はお客である男性の言うことについて、なんとなく不穏な最近の理由がここにあるかもしれない、と言う気持ちと、知らないとやばいのかもしれない、と言う気持ちと、相手には気持ちよくなって欲しいので、気持ちのよくなる返事をしたい、と言う気持ちを三分の一ずつ持っていた。そうしてしばらくすると、気づくと彼は姓名と誕生日を紙に書いて男性に渡していたし、ラインも交換することになった。「そいじゃあ診断したらラインで送りますね。これも何かの縁です。生かすも殺すもニイサン次第。男にあげちんもさげちんもねえけど、女にはあるからね。女をあげまんにすることだってできんだよ。中卒だって関係ないのよ。全部プログラムだから。わたしの知ってる人は何億も稼いでるよ。ニイサンの今の暮らしはプログラムされてんのよ。だからいまがあるの。プログラム、書き換えていこうよ。書き換えれるから。ね」日本橋のホテルに着いて、重いスーツケースと重い鞄を彼は男性に渡してトランクを閉めた。男性は十一月九日は何してますか、と彼に聞いた。彼は仕事です、と言った。男性は休んででも来た方がいい、と言い、彼は迷ってるふりをして、たぶん行けないです、と言った。男性は今日の十三時までが締め切りだから、奥さんだけでも参加した方がいい、と強く言って、ホテルの中に入って行った。
運転席の中で猫背になった胸を、勢いよく張る。タア! とか言う。張った胸が、エアコンの吹き出し口のアイフォンに手をやって戻る。アホやなあ、など言う。『姓名と誕生日でできる悪いこと』とか、予約された男性の名前をサファリで検索したりする。猫背になった胸を勢いよく張る、サア仕事しようと言う。窓の外には雲がかかってきた。そんなふうに思う。男性に面と向かって断れなかったのは、彼のちょっとした欲望と、ちょっとした不安のせいもあってため息、そのため息を吐いている途中に何とか変換して、胸を張って、タア! にする。窓の外から肉を焼いてる匂いがする。男性からラインが八件来る。セミナーはひとり一万二千円です。あなたが借りれるエナジーは現在零個です。あなたの姓名はこんな感じです。それとスタンプが二個。自家製のと、猪木のスタンプだった。彼は精一杯の断りを込めて、残念だけどいけません。もし相談したいことが出てきたら、その時はこちらから連絡します、とメールした。気分を上昇させたいのでフルーツwanssaで鶏の甘辛みそ弁当を買った。
十三時を過ぎても男性から着信やメールがあった。男性の名前からマルチ商法の被害者サイトがヒットした。必死なのかもしれないと思った。奥さんだけでもきてください。奥さんを、おあげまんのお女房にしてください、というメールに彼は夫婦ともどもセミナーには参加しません、と断った。泣いてるような自家製のスタンプが来た。そのスタンプをよく見ると男性は五体不満足の乙武さんに少し似ているような気がした。
全部数字で出てるんですよ。〇〇さんロレックスつけてましたね。〇〇さん〇〇万円払ってましたね。〇〇さん遠いのにタクシーですね。〇〇さんの年商は〇〇ですね。〇〇さんのスーツ〇〇ですね。全部数字で出てるんですよ。
そいでじゃあ彼は何に違和感があって、何を信じてるのやろう、と思った。人が着けてる、人がやってる、それら数字を突き抜けて届いてくるもの、それだけを信じたいけれど、それだけで本当に全部判断してるのやったか? と思った。
男性は手の指十本中七本くらいにギンギラの指輪をしてた、だからといって悪でも違和感の原因でもないやろう。言葉遣いや、表情にも、その人が着てる数字は影響してる。でも、しかし、だって、彼はその数字的なのが、数字が多い方が偉い、みたいなことに我慢がならないような気持ちになって、柔らかいプラスチックで出来た車の内装部分をしこたま殴って手を痛めた。痛めた手でハンドルを握って事務所に帰ると自身の一日の売り上げがレシート紙になって、全部数字で出てきた。そのレシート紙をファイルに挟むとき、むう、とかぐう、みたいな声が出てきて車内に反響した。晴れも曇りもまだわからないような早い朝だった。