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隙間に落ちてる
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夜は、夜にしか現れない会話とかがあって、ふとそれがたりてない、ふと夜に行かないとと言う気持ちになることがある。ドライバーは素面でその外側にいるのでいつまで経っても夜に行けない、でもそれでいい、そんなふうに自分と人とを区別して考えていると、ウラヤマシいようなナツカシイような気持ちになる。夜は夜で立っていて誰を排除も受け入れもしてないから、誰も夜を使うことなどできないと思う。気づくと特別みたいな夜のなかにいるときとても興奮する。
観光客を乗せて道頓堀を通るとき、彼はだいたいいつも「グリコ、グリコ」と指差して言う。そのふもとにはタクシー乗り場があって、頻繁にお客さんは利用してくれる。たくさん人がいて、観光客だけしか目に入らないときがある。冬なのに半袖の水色のハローキティのTシャツ。大きなドンキホーテの袋を持った茶髪の女性が乗り込んできたとき彼はだから日本人でないと思った。ハローと言った。すると女性はケタケタ笑って、ダイコクチョー、とカタカナで言ったあと、関西訛りで大国町の信号右で。後で言いますわー。と言って沈んだ。彼はすいませんついー、と言い、女性はもうここアジアですもんねー、と言って電話を耳に当てた。「もしもし? 今日デミくん十九時からミナミいるってさ。同伴しちゃおうかな。だから一緒に行かない? あ、そうなの仕事? 何時から? そうかー、じゃあそのおっさんが十七時半だったらちょうどやね、ホテル代もでるんでしょ。いくら? 二? どこで? ツイッター? いいやんいいやん。あたしもじゃあ化粧終わったら電話するねー」女性は少し浅黒くて、小さな目は電話を切った後少し濁ったようになった。女性はお金を払うとき一万円札を出した。財布からはみ出ているのはあとはポイントカードみたいなのばかりで、お釣りをもらうときその目はキッとなにかを睨め付けているようになった。女性は夜に向かっているようだった。いまは乾いてどうしようもない。
その日また夜が来て、彼は宗右衛門町から畳屋町を曲がり、また八幡を曲がった。人はたくさん歩いているけれど、誰もタクシーには乗り込まなかった。ミッテラを曲がってしばらくすると、少し太った若い女性が手を挙げてくれた。鞄にヘルプマークが付いているのが見えた。女性は乗り込んで、日本橋の〇〇マンションに行ってください、と言った。〇〇マンションは地図で探すと近くに三つあります、どの、〇〇マンションですか、住所、わかりますか、彼は女性に聞いた。「住所、わからないんです。〇〇マンションです」「んーと、えっと、日本橋は、日本橋ですか」「そうです。日本橋の、〇〇マンションです」「日本橋という住所に〇〇というマンションないので、日本橋に近いマンションにいきますね」と彼は言って出発した。走って五分ほどすると女性は突然叫んだ。「ここ違います! 〇〇マンションじゃない! 戻って!」「えっと! 来た道、戻りますか」「戻って!」「もうちょっとですよ?」「戻って!!」
戻っている途中に〇〇マンションはあった。女性は電話をかけながらマンションに入っていった。女性の話し方が少し舌足らずだったのが心に残ってしまった。
彼はそれまで夜職の男性のことを尊敬してた。誰でも出来る仕事でない、大変な仕事だ、お金は有るところから取るんだろう… そんなことじゃないかもしれない。でもそれも、女性の側から見ると全然違う印象かも知れない。彼は〇〇マンションからまたミッテラに戻った。夜職の男性が乗ってきた。彼はまだ気持ちの整理が付いていなかったから、無言でドアを開けて、無言でドアを閉めた。