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ひとの居場所は、ひとの中に(ミュージカル『この世界の片隅に』感想文)

前日譚

何としても行かねばならぬ、と思った劇だった。
アンジェラ・アキが作曲であるというニュースがまず第一に衝撃的であったこと。アンジェラ・アキといえば『手紙』で、中学時代の自分はなんとこの歌に救われたことか。
もうひとつ。
昨年、『千と千尋の神隠し』の舞台版を見たくて、先行販売に臨んだが開始時刻にアクセスするや否や急にロードされなくなり、PCとスマホとiPadの三機で応戦したにも関わらず惨敗を喫したことが心名残すぎて、『この世界の片隅に』がミュージカルになる、という特報を見たその瞬間から、何人かで抽選に臨もう、と鼻息を荒げていた。

SNSのストーリーに「一緒に抽選チャレンジしませんか?」とアップすると、1人から返事があった。普段から連絡を頻繁に取っていた訳ではない人だった。だからこそ嬉しかった。こうして作品が繋いでくれる縁がやっぱりあるのだと思えた。
もう1人友達を誘って、3人で抽選に臨んだ。
待つこと1週間。

まず歓喜。次ぐこと大歓喜。興奮。
この世の中には「当選」と書かれたメールが実在するものなのかと何度も目を疑ったが、当選していた。
すぐさま共闘してくれた2人も確認したところ2人とも落選していて、でも僕自身が4枚で申し込んでいたことでこの3人と、僕のパートナーの4人で行くことが決まった。

『この世界の片隅に』は何度も気になっては観ることができていない作品だった。ミュージカルが当選したことで、鑑賞する前に事前学習していった方がいいものか、はたまたフレッシュな気持ちで観劇する方がいいものか迷ったが、後者を選ぶことにした。
シェアハウスの同居人に話すと、
「いい作品だったよ」
と言った。続けて、
「有名になる前に映画(アニメ版)を観に行ったんだよね。小さいけど俺の自慢」
と楽しそうに言った。
確かに小さなプライドだなとは思ったがそういうことを頻繁に言う人でもないので、よほど嬉しく、いい作品だったのだろうと思った。同原作者のこうの史代さんの他の作品も良かったとのことだったので、読んでみようかな、と返した。
数日後、自室の机に『夕凪の街 桜の国』(同原作者別著書)が置いてあった。

誕生日が8月9日であることもあって、原爆のことは身近に感じているつもりだった。ただ、身近に感じているからと言って特段書を読み漁った訳でもなく、殊更勉強した訳でもなく、ただただ、誕生日が近くなると原爆と平和の話がなされるということと、それらは非常に悲しく、二度と繰り返されないことを祈る恒例行事という意味で。
長崎にも、広島にも、ちゃんと足を運んだことはなかった。いつか行きたい、でも怖い、と思っていた。


本編

戦争はいろんな常識や当たり前を壊していく。

そんなことは、これまで多くの本や映画で学んできたつもりだった。
でも何度観ても忘れてしまう。日常が決して当たり前じゃないんだっていうことを、僕らはこうして心を揺れ動かされないと忘れてしまう。

僕自身は岩手の陸前高田で暮らして5年が経つ。
震災の爪痕は、今ではパッと見ただけではわからない人も多いのではないかと思う。でも生き抜いてきた町の人たちから、自然の脅威と、人間の愚かしさと逞しさ、さまざまな話を聴いてきた。

戦争は、震災とは違って人間の業そのもの。人間が存在しなければ、起こり得ない惨劇。
戦禍の中で、当たり前だったことが当たり前でなくなっていく。人の生活も、優しさも、命も。
僕が陸前高田で感じたことと近しいと思ったのは、そこには日常があったのだということ。惨劇が起こったからといって、彼らの全てが悲しみとか苦しみに塗り潰されてしまった訳ではない。
登場人物の1人がこう歌った。

何もかも失ったからと
同情してほしい訳じゃない
歩いてきた人生全て
私の選んだ道だった

『自由の色』 作者・作曲: アンジェラ・アキ

この感覚は知っている、と思った。
自分自身がそう感じた訳ではなくて、そう思われていた頃があった。

「(お前らが来る理由は)震災ボランティアなんだろう。世界にはもっと困ってるところがある。そっちに行ってやれ」

その時の自分には違う理由があったから、それを熱を込めて伝えた。届いたかは、今もわからない。
でももっと昔、自分が東北に通い始めた理由は、もしかすると近いものがあったかもしれないと思う。
お前が勝手にあると思っている欠損の埋め合わせのために来るなよ、と。今も俺たちは、地続きの今を必死に生きているのだ、と。
遠い昔の自分に向けて言われた気がした。

また別の登場人物が言う。

「わしが死んでも一緒くたに英霊にして拝まんでくれ。笑うてわしを思い出してくれ。それができんようなら忘れてくれ」

讃えられようが、大勢の中の1人になってしまうことが、悲しい。その感覚は未だかつて経験したことがないけれど、だからなぜかわからないけれど、胸に響くものがあった。
自分が、世に存在したただ1人の人間として生きたことを思い出してくれる大切な人が、この世界に残ってくれることを望んだ。
これは1人しかいない、私の人生なんだ、それを覚えていてくれ、と。
その想いを託したい場所は、ひとは、間違いなく "居場所"なのだと思う。

多くの人が生まれては死んでいった。
その積み重ねの上に僕たちは生きている。
人はいつか死んでしまうけれど、忘れたくない人と出会えたら。忘れてほしくない、と思える人に出会えたら、それは些細かもしれないけれど、当たり前じゃなくて、幸せなこと。
そこには "居場所"があるから。
それはきっと、誰もが持っているもの。
大切なひとの中に、必ず存在する場所。

もう会えない人と繋いだ手
温もりは消えない
その記憶の器として今
在り続けるしかない
この世界から この世界から
あなたを消してしまわぬように

『記憶の器』 作者・作曲: アンジェラ・アキ

自由になれ 自由に決め
選んだ場所が自分の居場所

『自由の色』 作者・作曲: アンジェラ・アキ

何度も思い返したいと思う作品と出会えてとても嬉しかった。
つくってくださった/くださっている方々への尊敬と感謝を込めて、筆を置きたい。

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