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「医学的な正しさ」だけで発信すると、患者を「医学的な正しさ」から遠ざける。

このニュースに対する医療者のリアクションに、正直怒りが湧いたので、少し言語化してまとめてみた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1342f016e6324351639262e2c4edf2a1388e0a6f

記事は「26歳で乳癌が見つかった女性が、標準治療を受けず、34歳で余命2ヶ月と宣告され、今でも病気と戦っている」という話だ。彼女はYoutuberでもあり、ブログでの発信もしている。
是非しっかり読んでいただきたいのだが、要点は
・最初は標準治療の手術+抗がん剤を受けるつもりでいた
・しかし手術以外の興味がない様子の医師のコミュニケーションに不安
・翻意し民間療法に。一時は縮小したが再度増大
・増大後も医療に怖さがあり、痛み止めすら飲まず
・ここで病院受診するも、対応に更に不信感
・その後寝たきりになり、訪問看護の看護師のアプローチで医療につながることを決意
・ここで再検査したが、全身に転移で余命2か月の宣告。
・その後ホルモン療法で治療中。現在も発信を続けている
・闘病経験から小麦粉・砂糖不使用のオンラインショップを運営
となる。

これに対するXの医療者のpost(主にrepost)を文意でまとめておく。(引用は避けている)

「がんと診断されたら標準治療を受けてほしい」
「標準治療を受けろと言った父の愛情なのに無視するとは」
「自分の選択なのでしょうがない」
「ひどくなっても治療にいかないなんて」
「乳がんは悪化すると大変」
「この人もトンデモ医療を発信している」
「トンデモ医療は悪」

・・・確かに、言っている事は概ね間違ってない。
だけど違うでしょうよ。

なぜこの方は標準治療から遠ざかったのか。
(記事の限りでは)医療者のコミュニケーションに大きな原因がある。
何度も標準医療に近付き、その度裏切られている。
一度は手術を決めた人が翻意したのには、それなりの理由がある。
結果、痛み止めも飲まないくらいまで医療不信になった。
やっと訪問看護の看護師の丁寧なアプローチで標準医療につながった。

医療者がこういう発言をしているのを、彼女が見たらどう思うだろうか。
「やっぱり医療者は信用できない」となるのではないか。
長い道を歩き、やっと信頼できる主治医に繋がり、今治療に臨まれている。
その方をわざわざ標準治療を遠ざけうる発言を、あろうことか医療者がする。

自分のフィールド(=医学)が正しい。そうでないのは間違い。
「愚かな選択」は理解できない。
それが最たる「パターナリズム」であり、こういうコミュニケーションを取る医療者が、実臨床でも患者を標準治療から遠ざけているのではないか。

確かに彼女の選択が「医学的に」正しかったかといえば、間違いだ。
しかし、彼女はそれを飲み込んだ上で、今自分の道を歩んでいる。
その選択に「正解」も「間違い」もない。外部が評価することでもない

今の日本の保険制度において、がんと診断されたときの最適解は「標準治療を受ける」ということだ。これに一医師として異論は全くないし、何度でも繰り返し伝えるべきだ。
しかしそれは、「この記事を引き合いに出す形」で言うべきことではない。
「この記事」に「標準治療を」を言うことは、ネットリンチに等しい行為だ。

もちろん代替医療を提供する医療者の問題は深刻だ。
そもそもこの情報を記事として発信すること、その発信の仕方の是非は私も問いたい。

しかし、「医学的な正しさ」だけで安直にネットで発信する医療者は、
自分がその「医学的な正しさ」から患者を遠ざけているという自覚を持って頂きたい。
人間にはそれぞれの正義がある。「科学的根拠」というのもある種の正義といえる。そしてどんな正義であれ、他人に押し付けるものではない。他人の正義は尊重しつつ、自分の正義を伝え、理解を促進すべきものだ。ましてや他人の正義を否定するような発言は慎むべきだ。
医療コミュニケーションをある程度専門にする者として、このコミュニケーションは「標準治療の病巣」であるとすら、思う。

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