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なんですかこの記事?ネギくさいですよ
ごきげんよう。わらわです。
ものごとを継続する上での第一の壁、3日めでございます。作文のリハビリ的な感覚で、しばらくアッサリめの文章になりそうですが。
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私が中3から高1の頃。
当時男子校に通っていた。
私の勝手な偏見だが、男子中高生は爽やかスポーツマン、マイナー部活に励みつつ慎ましく生きる僧侶見習い、サブカルどハマり陰キャオタクの3タイプに分かれる。
運動大嫌いインドア派だった私は、もちろんゴリゴリの、いや、ズブズブのオタクだった。
当時、YouTubeは動画投稿サイトとして今ほど圧倒的な地位になく、オタクたちは専ら『ニコニコ動画』だった。
私ももれなくニコニコ動画、略してニコ動で毎日、遊戯王のキャラボイスを音ゲーのリズムに合わせた奇怪な動画(MAD)を流しては、奇声を発して喜んでいた。
そのうち、もはや知らない人もいなさそうな『初音ミク』をはじめとする、ボーカロイドの動画が流行り出した。
初音ミクはなんか聞いたことあるけど、逆にボーカロイドはなんやねんという方向けに説明すると、楽器音の打ち込みみたいな要領でキャラクターの声を歌詞に合わせて設定することで、まるでキャラクターに歌わせているようなことができるという超画期的ソフトです。
黎明期はそれこそ機械音チックで、そこもまた味ですねと言う雰囲気だった(『メルト』『初音ミクの消失』など)が、だんだん抑揚が自然になり機械音感も抑えめになって(『モザイクロール』など)きたり、かたや敢えて強調して(『Tell your world』など)いたり…と、ここは本筋ではないのでこの辺にしますが。
ボーカロイドの流行から少し遅れて、「歌い手」と呼ばれるカテゴリの動画投稿が行われ始めた。
ボーカロイドの曲を、アマチュアの方がカバーして歌い始めるところから、もはや最初から歌い手さん前提で作曲されていたりとか。
インディーズバンド的な。
古のオタクなので最近のは全然詳しくないですが、こちらはまだ活気がある感じですかね?
一方、私はこの頃にはニコ動をはじめとするサブカルへの熱が冷めつつあって、歌い手のようなゴリゴリのサブカル(と言っては失礼ですが)に対して、ちょっと斜に構えた視線を向けていたのでした。いわゆる高二病というやつですね。
人間は、自分が歩んでいる道の少し後ろの景色に対して、必要以上に冷たい視線を向けるものなのかもしれません。(過度な一般化)
そこから10年ほど経ったいま。
高二病的な視線がどうにも抜けず、これまで敬遠していた「歌い手」だが、ひょんなことからAdoさんの曲を聴き始めた。
するとどうだろう。
めっちゃええやん…
令和の椎名林檎と勝手に感じている、時にへばりつくような、時に叩きつけるような歌い方。
癖の強い歌い方でいて、声質はストレートで聴きやすい。
豚骨ラーメンの替え玉みたいな方ですね。
特に聴いているのは『阿修羅ちゃん』。
秋頃から?家の最寄駅近くでよく流れていて、ずっと気になってはいたのだが。
もっと早く調べて、聴き始めりゃあよかったよ。
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ここのところ、ギャルゲやら歌い手やらプラモやら、中高生かよというような娯楽を浴びている。
ある種ノスタルジーを感じつつも、自分はやはり幼いままなのだろうか、と悲しくなったり。
しかし同時に、私はどこか影だったり闇を孕んでいるものに惹きつけられるところがある。
そうした感性は、思うに他者を拒絶する鋭利さに由来していて、「成熟して」角が取れ、丸くなってしまうと失われていってしまうのかな。
それはもったいないな、とも感じたり。
波に揉まれ下流に行っても、どこか角ばった石でありたい。そんなことを感じた。
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まとまりのない文章になってしまいましたが、本日は以上です。
アッサリしてない!
読んでくださり、ありがとうございました。