雨の日のパンケーキ
FacebookだかInstagramだか、とにかくSNSのフィード上に現れた季節限定レモンパンケーキの文字に心を掴まれ、東京に行くタイミングで東京の友人を誘い足を運んだのが大学一年の六月、あの日も確か曇り空だった気がする。小さな参宮橋の駅から確かに店の方向に歩いているはずなのに、歩けども歩けども見つからず、諦めかけたそのときに小さく見つけた「ももちどり」の文字を頼りに二階に上がった。
15時からというレモンパンケーキを待つ間、友人とペラペラ喋っていると店主に静かにしてくださいと言われ友人が居心地悪そうな顔をしていたこと、12歳以下お断りの文言や店内撮影禁止というポリシーが妙に排他的だと思ったこと、あとは小さな店内、階段上がって左には器の展示スペースがあって、帰り際に一周回って見てみたけれど、素敵だけれどどれも高そうだなという感想を抱いたことだけは覚えている。
東京にいざ暮らすようになって一年と少し、行きたい店リストは増殖する一方、現実は慣れない業務に疲れた身体、散らかった部屋の片付けと平日のためのおかずの作り置きで休日は終わってしまう。この店のことはすっかり、記憶の彼方にあった。
ふと思い出すきっかけになったのはたまたまInstagramで見つけた「閉店します」の文字で、そうすると人間というものはゲンキンなもので、あのふわふわのレモンパンケーキをもう一度口にしたい、と急にあの味が恋しくなり、気づけば予約メールを打っていた。
それから約一ヶ月、五年振りに訪れた店内は変わらず狭い階段の上にあって、違うのは予約で全て埋まっていたことと、階段上がって左側の展示スペースはもうなくなっていたことだった。なんとなく、あの頃よりも店主の物腰も柔らかくなっていた気がする。退団前のタカラジェンヌは特別な神々しいオーラを放っているというけれど、それに似た感覚かもしれない。扉を開いた途端に甘い香りがして、おいしい予感が止まらなかった。
今日もまたレモンパンケーキを頼もうかと思ったけれど、塩キャラメルの文字に惹かれ、結局そちらを注文。パンケーキはやっぱり記憶の中と同じおいしさで、一緒に注文したハーブティも眼が覚めるほどおいしく、一口、口に運ぶたびになくなっていくのが惜しかった。閉店は残念だけれど、閉店ではなかったらきっとまた足を運ぶことはなかった気もする。
帰りに気になっていたベーカリーでパンを買って、代々木駅まで歩いた。そういえば大学卒業間際、学会のような集まりで歩いた気がする道だった。そのとき、ももちどりも行こうとしたけど、そのときはもう不定期営業になっていて行けなかったのだっけ。
駅までの道中、トイレに行きたくて行きたくて死にそうだった。東京のコンビニはトイレなしが普通なのかなあ。ペットボトルの一本くらい買うから、トイレ貸してほしい……。駆け込んだ代々木駅のトイレがきれいで救われたけれども。