23、その少年の卒業式
その日の朝はいつもよりも2時間も早く起床した。
特別な用意もないし、登校時間もいつも通りなのに2時間早く目が覚めた。
昨晩は寝つきも悪く、睡眠時間はあまりなかったのに全然眠たくなかった。
卒業式の朝は、運動会の朝のように胸がザワザワしていた。
いつもの納豆ご飯をかきこんで、なぜか急いで家を出た。
当然学校にはまだ誰もいなく、その少年はひとり教室でみんなが来るのを待っていた。
その間、この教室で過ごすのは今日で最後なのか、とセンチメンタルな事を考えてみようとしたり、この学校での思い出を辿ってみたりした。
しかし、どの思い出も昨日の事のようで、懐かしむという表現からは遠かった。
それぐらい6年という時間は、その少年にとってはあっという間だった。
ちゃんと懐かしめない時間を過ごしていると、チラホラと友達たちが登校してきた。
そしてひとつの違和感に気がついた。
みんないつもより綺麗な格好をして、髪なんかもワックスを付けて整えている。
女子に至っては、一人残らずなんだかフリフリしている。
その少年はいつものシャカシャカと音のするジャージだった。
その少年は、完全に騙されたと思った。
「特別な格好をする必要もなく、いつも通りでいいよ」
と、昨日の先生の言葉を鵜呑みにして、ジャージを着て来たその少年はパリッとしたクラスメイトの中で、一人だけシャカシャカと音を鳴らしていた。
一番早く学校に来て、ザワザワとした心を抑えながら、思い出回想なんてしてみたりして、誰よりも卒業式を楽しみにしていたつもりのその少年は、格好でいえば一番楽しみにしていない人に見えた。
シャカシャカと音を鳴らしながら体育館に移動をし、シャカシャカと歌を歌い、
シャカシャカと卒業証書をもらい、シーンと校長先生の話を聞いた。
教室に戻り、担任の先生が話しを始めた。
先生は「最後のホームルーム」と言って、「最後に〜」「最後まで〜」と、
やたらと最後という言葉を使った。
その度にズルズルと鼻をすする音が聞こえ、女子は一人残らず泣いていた。
先生も自分で「最後〜」を口にするたびに鼻をすすっていた。
その少年は不思議だった。
自分も悲しくなったり、ズルズルしたりするかもなと思っていたからだった。
念のために普段は持たないハンカチをポケットに入れてきたほどだった。
それを使う事はなく、「最後祭り」は終わった。
その少年は意外とアッサリと終わった卒業式に拍子抜けしながら家に帰った。
そしてまだ不思議な事に気がついていた。
まだ心がザワザワとしていたのだった。
朝起きた時から、いや、昨日の夜寝る時からずっとザワザワしている原因は卒業式だと思っていたその少年は、卒業式が終わり家で母が作り置いた昼食の焼きそばを食べている最中もザワザワした心が不思議だった。
「なんでまだザワザワしてるんだろう」
その少年は食べ残したニンジンを、フライパンに戻しながら考えていた。
その時、3歳上の兄が学校から帰ってきた。
兄も今日が中学校の卒業式だった。
正規の着方じゃない、シャツを出し、首もとのボタンを2つ外し、ブレザーを雑に羽織って、ズボンを腰までズリ落として履いている兄が帰ってきた。
兄はカバンを放り投げ、その少年が戻したニンジンを含めた焼きそばを山盛りに皿に取り分け食べ始めた。
その少年はその姿を見て、ザワザワが増したのを感じた。
そして、気がついた。
自分は小学校を卒業する事にザワ付いていたじゃなく、
中学校に入学することにザワついていたのだと。
昨日の夜から、中学生になってこの兄の着る制服を着れることに心がザワザワとしていたのだった。
その少年は、兄の放り投げた中学校のカバンを、兄にバレないようにコソッと肩に掛けて持った。
少し大きいそのカバンは土がついていて、所々が破れて穴が空いている。
「これはお下がりじゃなくて、新しいのを買ってもらえるよな」
と少し不安になりながらも色んな持ち方をして、中学のカバンで楽しんだ。
鏡の前に立ちたくなり、洗面台の鏡に向かおうと、焼きそばを食べる兄の後ろを気配を消して通ろうとした時だった。
兄が振り返り、その少年と目が合った。
「…」
兄からすれば、弟が自分のカバンを肩から掛けて、泥棒のようにコソコソと移動しながら、洗面所にカバンを持って行こうとしていると状況だった。
「なにしてんねん」
当然の言葉である。
その少年は少し口ごもり、
「汚れてるから、洗ってあげようと思って…」
と、わけの分からない返答をした。
兄はちゃんとその少年が言ったことを理解をしようとしたのか、変な返答に少し困惑して「勝手に触んな」と、カバンをその少年から引っ張り、取り返した。
その少年は「洗わなくていいんだったら、いいんだけど」と最後までわけの分からない事を言い続けた。
そして、早くカバンを持って制服を着る自分を鏡で見たいと思ったのだった…。
つづく…。
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