50、その少年のアルバイト
その少年はアルバイトを始めようと手当たり次第に面接を受けていた。
それは念願の携帯電話を持つためだった。
中学時代に携帯電話を持つことを許されなかったその少年の家では、
高校に上がり、自分のお金で購入をするという選択しかなかった。
先に高校生になっている姉と兄らと同じように、その少年もその決まり通りに自分で携帯電話を買わないといけなかった。
携帯電話の為に早くアルバイトを始めたいその少年の想いはなかなか成就せず、
面接には落ちに落ちた。
アルバイト経験がないというのが大体の不合格の理由だった。
経験がないから不合格とは、改善できない理由じゃないか。
とその少年は社会の厳しさと理不尽さに戸惑った。
おこずかいの大半が履歴書と証明写真で消えていく、先の見えない先行投資が続いていた春の終わり頃。
周りの友達は、着々とアルバイトを始めていた。
経験がないという理由をどうやってクリアしているのかと不思議だったが、
「バイトに行く」友達と「バイトの面接に行く」自分の差が恥ずかしくて聞けないでいた。
その少年はその日もいつものように面接に向かった。
その日は学校からの帰り道にあるコンビニへ向かった。
家の近所のコンビニは全て不合格で全滅していた。
よって、家の近所のコンビニを客として利用するのはどこか気まずく、
行けるコンビニがなくなっていた。
その日面接するコンビニは家からは遠い、学校寄りのコンビニだった。
面接の時間の20分前に到着したその少年は、コンビニの前にある広い駐車場で時間を潰した。
面接する店まで掛かる時間の配分がわからず、遅刻よりは早く着く方がいいと、
いつも早めに到着し店の前で待機していた。
いつものように座り込み、音楽を聞きながらボーっと待っている時、
ある考えが頭をよぎった。
こうやって、店の前で待っているのが面接に落ちる原因なのではないか?…と。
店の人からすれば店の前で長い時間たむろしている高校生が、時間になると立ち上がり面接に来たと言う…。
これは初っ端から印象が悪いじゃないか…?
その少年は今までの不合格の原因はこれかもしれないと思い、
その場を離れようと立ち上がった。
その時、コンビニの制服を着たおじさんに声をかけられた。
「ここで座り込むのはやめてくれ」
その声は電話で面接の日時を約束した店長を名乗る人と同じだった。
その少年は「落ちた」と確信した。
「すみません」とこの場を去ろうと思ったが、数分後に「面接をしに来た」と戻ってくる自分を考えると滑稽で、店長さんを困惑させるなと思った。
その少年は立ち去ることを辞め、「面接に来たのですが、時間配分が分からず早くついてしまいました。遅刻するよりは早い方がいいと思いまして…」と正直に自分の時間の読めなさを晒した。
すると店長は少し笑い「ただのたむろしてるヤンキーにしか見えないよ」と言い、
店の奥について来いと約束の時間より早く面接をしてくれた。
その少年は、一応面接はしてくれるんだ…と安堵したが、
でも落ちるんだろうなと思い、気持ちの落ち着けどころを迷った。
店長は、いつも面接で聞かれるシフトに入れる日数や時間は聞かずに、
その少年の高校の話や趣味の話をした。
その少年はいつもと違う面接の雰囲気に戸惑いながらも、店長からの質問に一生懸命に答えた。
すると店長は「これから時間ある?」とその少年のこの後の予定を聞いた。
それが何を意味しているのか分からず「特に何もないですが…?」と返した。
「じゃぁ、ちょっと1時間ぐらい働いてみる?」とまさかの提案をした。
その少年は「え、あ、はい」と突然の勤務に慌てた。
店長に制服を渡され、言われるがままに着て背中を押されるがままに店頭に立った。
大きな声で「いらっしゃいませ」と言う店長に真似をしろと言われたが、
爆裂な恥ずかしさに声が思うように出なかった。
それを見て店長は「これが出来なかったら不採用だよ」とイタズラに笑いながら言った。
その後1時間、棚に商品を詰め続けた。
あっという間に1時間が経ち、店長はその少年に700円を渡した。
その少年が初めて自分でお金を得た瞬間だった。
店長は「どうする?やってみる?」と改めてその少年に働く意思があるかを確認した。
その少年は「お願いします!」と必死に伝えた。
その少年はコンビニでアルバイトを始めた…。
家に帰りポケットに押し込んだ700円を取り出し、携帯電話までの道のりの遠さを実感した…。
つづく…。
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