38、その少年の夜中のミッション
その少年は中学2年生になり、年齢は14歳になっていた。
頭の中は、女の子と音楽と友達でいっぱいだった。
それしかなかった。
それだけを考えて生き続けられたら幸せだな、と考える隙間もないほどそれだけの事を考えていた。
学校では休み時間になると友達と1分でもふざけ合い、女の子の視線を感じると横目で出来るだけ捉えてカッコをつけた。
意識の方向は友達と女の子を行ったり来たりだった。
そして家に帰ると好きな音楽を聴き、一向に上達しないギターを弾く。
厳しい門限があり、満足に友達と遊びきれない不満はあったが、
中学生のその少年はそこで収まっていた。
門限に関しては高校2年生になる兄も同様にあった。
その少年よりは3時間ほど多く門限を設定されていたが、それでは全く足りない様だった。
兄は夜中になると家を抜け出し遊びに行っていた。
その少年は抜け出したのが父と母にバレた時のリスクを恐れて、そこまでは出来なかった。
しかし兄は毎晩の様に抜け出した。
兄が抜け出すのはいつもその少年の部屋の窓からだった。
兄の部屋はその少年の部屋の上にある広めのロフト部分だった。
ロフトの窓は小さく、当然人が出入りする事を計算された作りではなかった。
なので一番融通の利くその少年の部屋の窓が選ばれた様だった。
その少年は共犯と見なされて母に怒られるのが嫌だから、玄関から出て行ってくれと言ったが、
「玄関からだとリビングにいるおかんにバレるやろ。アホか。考えたら分かるやろ」と何故か兄に暴言を吐かれた。
一応バレるのはビビってるんだ、その少年は心の中で馬鹿にしかえした。
2階にあるその少年の部屋から暗闇に消えていく兄の勇気と無謀さに最初の頃は驚愕していた。
そして、滑って落ちた時の第一発見者としての行動をよくシミレーションした。
兄はいつも窓枠に足をかけて振り返り、
「おかんに言うなよ。で、この窓の鍵を閉めんなよ」と言い飛び出して行った。
その少年はその圧に「うん…」とだけ言い、地上に降り立った兄を見届けて窓を閉めた。
カーテンはいつも半分だけ閉めて、完全には閉め切らないでいた。
兄が帰ってきて外から入る時にカーテンが閉まっていると入りにくいかな、と出来るだけ怒られない様に行動した。
幼い時から兄とのケンカに勝てた事がないその少年は、
高校生の不良に進化した兄をできるだけ怒らせない様にしていた。
母と父にバレない様に、窓の鍵の部分が隠れるぐらいまで閉めて、残りの半分はカーテンを開けておく様にしていた。
その少年は気が付いていなかったが、もうそれは共犯者だった。
あるいつもの様に慣れた手つきで共犯を犯し眠りについていた日。
誰かが自分の部屋の扉を閉めて音で目を覚ました。
兄が帰ってきたのかなと一瞬思ったが、兄が帰ってきた時はいつも、
その少年の部屋の上にあるロフトに直行なので兄が部屋の扉を開けだのではないと思い直した。
高校3年生の姉はこの「野郎部屋」にはまず来ない。
となると、母か父だなと考えが頭の中でパンパンと切り替わった。
眠気が消えない様に、出来るだけ目を開けないで薄目を保ちつつ扉の方へ視点を合わせた。
そして、扉はもうすでに閉まっているのだから扉を見ても誰なのか分からないと気がついた。
「まぁ、誰でもいいや」と、キープに成功していた眠気の元へ戻ろうと寝返りを打った瞬間、眠気が消えた。
眠気が消えるものが薄目に飛び込んできた。
それは、完全に閉まりきったカーテンだった。
兄は帰ってきていてもカーテンを閉めない。
むしろ、翌朝にその少年が起きるとカーテンは全開になっていて、鍵も開いたままだった。
カーテンを閉めるとか、鍵を締めるという発想は高校生の不良には存在しないのだ。
その少年はできれば鍵は締めて頂きたかったが、別にカーテンは閉まっていようが開いていようがどっちでもよかった。
とにかくそれが兄が帰ってきているサインになっていて、犯罪成功の証となっていた。
しかし今、カーテンが完全に閉まっている。
その少年は起き上がり、恐る恐るカーテンを開けて鍵を確認した。
鍵は、閉まっていた。
鍵そのものをロックする、小さいポチッとついた名称不明の部分までしっかりロックされていた。
鍵の完成形がそこにはあった。
その少年は、さっき扉を閉めて去っていった人物を父か母だと思った。
そして0パーセントなのが分かったうえで、ロフトを覗いた。
やはり兄はいなかった。
その少年は夜中にひとり、慌てた。
マズいことになった。
兄が帰ってこれない。
あれ、自分が締めたと思われるんじゃないか?
そうなったら俺は死ぬだろう。
しかしこれをもう一度開けると、再び確認された時に共犯だとバレる。
そうなっても俺は死ぬだろう。
どちらにしても俺は死ぬのか?
その少年は悩みに悩んだ。
そして、生きる確率が高い方を選ぶことにした。
鍵を閉めたままだと、確実に兄は帰ってこれない。
ということは確実に死ぬ。
兄が一生帰ってこなければ大丈夫だろうが、そんな事はあり得ないとすぐに道徳心のない自分の考えを打ち消した。
そして、鍵を開けた場合の生きる確率は数パーセントあるということに気づいた。
再び確認されなければ、バレない。
さらに、カーテンは閉めきって、鍵だけ開けておけば確率があがるという事も思いついた。
天才的な考えを思いついたと興奮したその少年は早速作戦を行動に移そうとした。
その時、階段から誰かが上がってくる音が聞こえてきた。
慌てたその少年はカーテンを閉めたまま鍵を開けようとした。
カーテンを開ける音が、忍び寄る人物にバレない様に音を立てない様に。
しかしスピーディーに手際は良く。
足音が階段を登りきりそうな音に変わってきていた。
しかし、その少年は鍵を開けるのに手間取っていた。
鍵そのものをロックする名称不明の部分の仕組みが分からなかった。
普段触らないそれは、カーテンを閉めたまま見ないで解除するのは難しかった。
足音が階段を登りきったところで止まった。
その少年は強引に行くしかないと覚悟を決め、名称不明のロックしているそれを見て解除しようとカーテンを開けた。
そのカーテンを開ける音と同時に、止まっていた足音がその少年の部屋に向かってくるのが分かった。
だんだんと近づいてくる足音から計算するこの部屋までの距離と、
名称不明のロックを解除し、鍵を開けて、カーテンを閉めて、ベッドに戻る時間を比べた。
その少年は間に合わないと判断し、そのままベッドに飛び込んだ。
部屋の扉が開いた。
足音の正体は母だった。
眠ったふりをするその少年に母が声をかけた。
その少年は眠ったふりを続けたが、母に「起きてるの分かってるよ」と言われ、
なぜ起きてるのがバレているんだと疑問にもいながら起き上がった。
母の視線は窓にあった。
カーテンが開いていた。
そして鍵は閉まっていた。
どちらにも、誰にも、求められていない状態の窓がそこにはあった…。
その少年は双方から怒られた…。
つづく…。
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