39、その少年は中速
その少年は事あるごとに理由をつけて陸上部の練習をサボっていた。
走ることが嫌いだということを陸上部に入ってさらに感じていた。
しかし、何かの部活入らないといけないという学校の悪魔のルールに縛られ陸上部に籍を置いていた。
基本的にサボる理由は体調不良で、顧問のテカテカ小林先生にとても体の弱い子だと思われているだろうなと思っていた。
時には何の理由もなく黙って帰り、次に部活に参加した時に怒られていた。
その少年は、このまま卒業まで行ったり行かなかったりを繰り返そうと考えていた。
そして夏休みに入り、部活をサボることに拍車がかかった。
8月になってからは一度も行かなかくなっていた。
中学2年生の夏休み。
それはもう、太陽が出ている時間が短すぎた。
門限も厳しく、暗くなると帰らなければならないその少年は朝から友達と遊んだ。
そんな夏休みはあっという間に終わり、9月になり新学期が始まった。
久しぶりに会う友達の変化を面白がり、昨日も一緒にいた何の変化も分からない友達といつものように面白がり、その少年は久しぶりの教室ではしゃいだ。
その少年がひとしきりはしゃいでいると、隣のクラスの女子が教室の入り口でその少年の名前を呼んだ。
あまり話をしたことがない女子からの呼び出しに、その少年はドキドキした。
「もしかして、告白か…」というようなことも考えながらその少年はその女子の元へ行った。
その女子はその少年の名字を呼び捨てにし、「小林先生が怒ってるよ」と言った。
小林…一瞬誰だか分からなかったが、その女子の顔を見ているうちに誰のことか分かった。
その女子は陸上部の2年生をまとめるキャプテン的な役割をしている子だった。
そして、小林というのは顧問のテカテカ小林のことだった。
小林という名前とキャプテン的な女子の顔が2つ合わさって初めて、
その少年は自分が陸上部の練習に全く参加していなかったことを思い出した。
キャプテン的女子は「今日は絶対に来いって言ってる」と言い去って行った。
その少年は友達の元に戻り、さっきまでやっていたくだらない遊びの続きを始めた。
しかし、先ほどまでと同様にはしゃいげなかった。
その日の放課後。
その少年は久しぶりに陸上部の練習に参加した。
憂鬱な気持ちでその少年は体操服に着替えてグラウンドに向かった。
まだグラウンドにはテカテカ小林の姿はなかった。
最初からいないなら遅れてくればよかった、と少しでも陸上に関わる時間を減らすことばかり考えた。
チラチラと、グラウンドから見える職員室の入り口を気にしながら、
お決まりのウォーミングアップをみんなのマネをしながらやった。
体のどこの部分をほぐしているのか分からないストレッチが終わり、長距離チームと短距離チームに分かれて、それぞれの練習メニューをこなす時間になった。
その少年は一応、短距離チームだった。
短い距離が早く走れるとかではなく、長い距離を走るのは疲れるだろうなという考えから短距離を選んでいた。
元々、その少年は足が速くなかった。
遅いわけでもなかったが、徒競走で1位になれたことはなかった。
運動会のクラス対抗リレーなどでも、1番走者やアンカーには選ばれず、
大体真ん中あたりのレース結果に大きく影響しない番手が多かった。
なので、走ることが得意な人間が集まるこの部活の中で一番足が遅かった。
キャプテン的女子よりも遅かった。
軽く流す他の部員に必死についていく100Mを何本か走った頃、
その少年の名前が大きな声で呼ばれた。
声のする朝礼台の方へ視線を向けると、そこにはテカテカ小林が腕組んで、いた。
ついにきたか…
その少年はトボトボと朝礼台に向かって歩いた。
すると「走ってこい!」と更に大きな声でテカテカ小林が叫んだ。
「今100Mを何本も走ったばっかりなんですけど…」
と、テカテカ小林に絶対に聞こえないボリュームで反抗した。
テカテカ小林の元に着いたその少年は何を言われるのかと構えた。
しかしテカテカ小林は何も言わないで黙っていた。
え…俺から話すの…?
と、その少年は困惑した。
ひとしきり怒られてからの「すみませんでした」しか用意していなかった。
その少年は「…はい?」と言った。
するとテカテカ小林は重い口を開いた。
「お前、来たのか。辞めたと思ってたわ」と言った。
「来いって言ったから来たんだけど…」と「…すみません」の二択で迷ったが、
安全な方の後者にした。
「で、続けんのか?」とテカテカ小林は言った。
「辞めれるなら辞めたいですけど…」と「…はい」の二択で迷ったが、
もう一度後者を選択した。
するとテカテカ小林は「ふーん…。じゃぁ、エントリーしとくわ」と言った。
「エントリー…?」と「お願いします」の二択で再び迷った。
ここも安全な後者か、と思ったがさすがに謎すぎると思い、勇気を出して前者を選んだ。
しかし、テカテカ小林は「他の部員に聞け」と言い職員室に戻って行った。
その少年は言われた通り、他の部員に聞いた。
そして近々、陸上の地区大会の予選があることを知った。
その少年は、猛者がひしめき合う陸上大会にエントリーされた…。
つづく…。
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