43、その少年とケーブルテレビ
中学3年になったその少年は家でギターばかり弾いていた。
その少年は益々、音楽に夢中になっていた。
夜遅くにギターを弾いていると、兄にブチ切れられるので夜になるとギターを弾くのを辞め、
ケーブルテレビでやっている音楽番組やライブ映像を、深夜まで観ていた。
ケーブルテレビに加入している両親に心の底から感謝した。
その少年はいつか自分もバンドを組み、テレビに映るあの人達のようにライブをしたいという想いが強くなっていっていた。
そんな想いが増していくある日の夜。
いつものように、兄の逆鱗に触れる少し手前でギターを弾くのを辞め、音楽番組を観ようとテレビの前に座った。
誰もいないリビング。
父と母はもう眠っている。
姉の部屋からは光が漏れていた。何をしているのかは全くの謎だった。
姉が自分の部屋にいるのはラッキーだった。
それは、姉はケーブルテレビのお笑いチャンネルを夜な夜な観ていることがあったからだった。
ケーブルテレビを観れるのはリビングしかない。
姉と被った時は戦いの火蓋が切って落とされる。
その少年は、今夜は戦う必要はなさそうだと安堵した。
特にお決まりの番組はなく、誰かのライブ映像やバンドのインタビュー映像などを眺めているだけで幸せで興奮した。
テレビの電源をつけ、ケーブルテレビのモデムの電源をつける。
慣れた手つきでリモコンを操作し、音楽チャンネルに切り替える。
地上波のチャンネルからケーブルテレビに切り替わるまでに多少のラグがある。
その少年はこのラグの間に、ダイニングテーブルの椅子をテレビの正面に移動させ、特等席を作った。
いつもこの椅子を移動させている間に、チャンネルは切り替わっている。
しかしその日は違った。
椅子をセッティングし終わってもチャンネルが切り替わっていない。
特等席に深く座ってしばらく待ったが、画面は暗いままだった。
その少年はもう一度リモコンを操作し、入力切替をし直す。
しかし画面からは何の音楽も流れない。
その少年は立ち上がり、ケーブルテレビのモデムの電源を一度落とした。
そしてすぐに入れ直す。
一度消えた赤い点滅はすぐに赤く点いた。
電源は入る…。
なのに観れない…。
その少年は電子機器の闇に迷い込んだ。
テレビ本体の電源を入れ直したり、コンセントから抜いてみたりリモコンの電池を新しいものに替えたりと試行錯誤した。
が、真っ暗な画面が何度も現れた。
闇から抜け出せないでいるその少年は、敵に助言を求めにリビングを出た。
敵の部屋からはまだ光が漏れていた。
敵の部屋をノックすると、ブスな返事が返ってきた。
ノックをしないで扉を開けたら確実に怒るのでノックをしたのに、
ノックをしても何故か怒っている。
年頃の女はワケがわからんな、と思いながらもその少年は低姿勢にケーブルテレビの不具合を敵に伝えた。
昨日の敵は今日の友、と聞いたことがある。
友に解決方法を求めた。
友は扉を開けずに、
「解約されたから観れない」と答えた。
その少年はまさかの原因に慌て、反射的に友の部屋の扉を開けた。
友はすごく女の格好をしていて、さらに慌てて扉を閉めた。
怒鳴られる声を後方に感じながらその少年はリビングに逃げ戻った。
その少年は真っ暗な画面の前に置かれた特等席に座り、女の言葉を噛み締めた。
「解約」
契約の対義語程度に考えていたこの言葉がこんなにパンチのある言葉だとは知らなかった。
「なぜ解約を?」「もう一度契約を頼める隙はあるのか?」
現状、どうすることも出来ない自分が画面に反射して座っていた。
その少年は部屋に戻り、寝た。
翌日の朝。
弁当を作る母に解約の訳を聞いた。
「節約」
それ、解約の類義語?
と、その少年は「解約」「節約」「契約」の3つの言葉の関係性を考えた。
そしてとにかく、お金を稼がない中学生にはパンチのある言葉であることは理解した。
しかしその少年は食い下がった。頼み倒した。
お願いお願いお願い…と言い続けた。
しつこいその少年に母は、
「じゃぁアンタのおこずかいを減らしていい?」
と、どエライ条件を出してきた。
その少年は、登校した…。
弁当を忘れた…。
つづく…。
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