20、その少年とケーブルカーとスナック
城攻めの失敗は、その少年にとってはなかなかショックだった。
その少年はリベンジを考えていた。
しかし何に対してリベンジすればいいのかあまり分からなかった。
なんだか漠然と、「リベンジ」という言葉だけがその少年の中に芽生えていた。
ゴールへの興味なのか、ゴールへの距離なのか、ゴールまでの壮絶さなのか。
何をクリアすればこのモヤモヤが消えるのか、ハトにナメられないのか、
その少年は分からなかった。
そんな分からない思いの中、もうひとつ思い始めることがあった。
それは、
「知らない場所に行きたい」
そう思うようになっていた。
未知の世界、とまではいかないけども新しい場所に行ってみたいと思っていた。
しかし、知らない場所が多すぎて自分の知らない場所がどこなのか知らなかった。
興味があって、遠くて、大変そうで、自分の知らない場所。
そこにいくことが、自分の人生の課題だとまで思っていた。
大げさでエラそうな性格が爆発である。
その少年の頭の中に、な〜んとなく、ボンヤ〜リと、
「アメリカ」
という単語が浮かんでいた。
しかし、小学6年生がひとりでアメリカにいけるハズがないとその単語が浮かぶたびに消していた。
ビビりでつまらない性格が爆発である。
この後、本当にひとりでアメリカに行くことなるのだが。
その話はまたその時に。
そんなどこかに行きたがりなその少年は、どこかに行きたい欲が溢れた時に必ずおじぃに連れて行ってもらう場所があった。
それは、最寄駅から3駅ほど電車に乗ればいける山だった。
3駅先の駅には、山の頂上へとつながる虎のイラストが大きく描かれたケーブルカーがあり、
電車から虎に乗り換えればグイグイと上へ登っていけた。
その山の頂上には大きな神社があり、おじぃとゆっくり一周する。
おじぃとの会話は特になく、ただただ2人でブラブラと歩くのだ。
その少年はその時間が心地よかった。
その心地よさは、緑に囲まれ綺麗な空気を感じるから、ではなかった。
心地よさの原因は、
おじぃが自分の行きたい所に一緒に来てくれて、自分の歩きたいように歩かせてくれて、
立ち止まると何故立ち止まったかも聞かないで、気が済むまで一緒に立ち止まってくれることだった。
それが心地よさの原因だと、その少年は分かっていた。
そしてその心地よさに、絶対的な安心感と穏やかさを感じていた。
そんな事をおじぃ伝えるわけでもなく、会話はなく、一周したら虎に乗り下山する。
その少年は、「ありがとう」も言わなかった。
そして、そこからはおじぃ主体の時間となるのだ。
そう、スナックだ。
いつも連れて行かれるそのスナック。
その少年は、お菓子も食べられるし濃いカルピスも飲めるからそこまで嫌ではなかった。
ただ長引くと、飽きて退屈をした。
その点だけは嫌だった。
もし長引いてしまっても、おじぃは「すまん」も「ありがとう」も言わなかった。だからってわけでもないが、その少年はおじぃに「ありがとう」を言わなかった。
お互いに今まで「ありがとう」を言ったことがないかもしれないなと、
その少年は思ったことがあった。
遠足のお土産を買って帰っても、誕生日プレゼントを買ってもおじぃから「ありがとう」を聞いた記憶がなかった。
ただニヤニヤするだけのおじぃだった。
その少年もおじぃからの「ありがとう」を求めてなかった。
言おうが言わまいがどうでもよかった。
ただ自分がおじぃにプレゼントを渡さればよかった。
そんな人間の基礎の「ありがとう」を言い合わない2人は、
虎から電車へ、電車から自転車へ乗り換えてスナックに向かっていた。
おじぃの後ろに座るその少年はふと、
おじぃはこのスナックに付き合わす為に、山では一切文句を言わないのではないのだろうかと、思った。
「俺は何も言わないでお前に付き合うから、お前も何も言わずに俺に付き合えよ」的なことなのかと思った。
そして、聞いてみた。
自分が山で感じた心地よさは伝えないのに、おじぃがスナックに行く為に黙っていたのかは確認するのだった。
おじぃは、答えなかった。
しつこく問うその少年を完全に無視するのだった。
そして、スナックに到着すると、スナックの開店時間ピッタシだった。
「はは〜ん、これ狙いやな」
その少年は、
心地よい時間はスナック開店までの時間潰しだったと知るのだった。
そして着くや否や、おじぃは「孫」というタイトルの演歌を歌うのだった…。
その少年は、お菓子と濃いカルピスと「孫」を歌うおじぃが好きだった…。
つづく…。
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