59、その少年の一人暮らし
その少年は一人暮らしをしたかった。
毎日のようにピザを配達して貯めたお金は30万円ほどになっていた。
敷金礼金という何の為なのか分からないお金が必要だと知って、貯め始めてから3か月ほどが経っていた。
細かい内訳は分からないが、これだけあればひとまず大丈夫だろうと、
その少年は30万円を握りしめて不動産屋へ行った。
親切な爽やかな人がその少年の担当になった。
爽やかな人は、未成年の来店に驚いた様子だったが、
丁寧にその少年に掛かる費用や、収入に見合った家賃を教えてくれた。
その少年は7割ほど理解できなかったが、爽やかさを信じてその人の言う通りにした。
提示される物件は全て、その少年の理想より小さくて汚かった。
その中には、住んだら全ての生気が抜かれそうな物件もあった。
その少年は霊感は一切なかったが、なぜかその物件にはそう感じた。
その中でもまだ比較的大き目できれい目で、生気を保てそうな物件を選び、爽やかな人と内見に向かった。
爽やかな人と物件に向かっている車中で、爽やかな人はその少年について色々と質問をしてきた。
アルバイト先のピザ屋の場所や、そのピザ屋の好きなメニューや、
どうして一人暮らしをしたいのかや、通っていた高校のことや、
通り過ぎたカフェのことや、ずっと喋っていた。
その少年は、車内で2人きりになった瞬間にフランクに接してくる爽やかな人がちょっと嫌いになった。
そして車酔いをすぐにしてしまうその少年は窓を開けたかった。
爽やかな人の面白くないお喋りと、吐くのを堪えるのに限界を迎えそうになった時、車は目的の物件に着いた。
綺麗でも汚くともない外観のそのマンションは、派手なピンクのハイツの横で何の主張もなく立っていた。
2階のその部屋にたどり着いたその少年は、爽やかなつまらない人が電気メーターに隠してあった鍵を取り出すのを待った。
モタモタと段取り悪く鍵を開けてもらい、その少年は部屋に入った。
写真より格段に狭かった。
店で見た図面のようなものに、8畳と書かれていたが8畳がどれほどのものか分からなかったので写真で感じた広さを想像していた。
内見をした時にバレるのに、写真を盛って撮る必要がどこにあるんだとその少年は不思議がった。
段取りの悪い爽やかなつまらない人が、相変わらずベラベラと話しているのを聞き流しながら、その少年は部屋をウロウロとした。
まぁ狭いが、これ以上程よい物件はないのだろうなと、
そこまで真剣に考えずにその部屋に決めた。
その少年は契約をしたい旨を伝えた。
店に戻り、目が疲れるほどの文字を読まされ、サインをした。
最後に段取りの悪い人が一枚の紙を出した。
他の物と同じ流れでサインをしようとしたその少年を段取り悪い人が止めた。
「これは、保護者の方に書いてもらってきて。まだ未成年だからさ」
その少年は、めちゃくちゃタメ口やん。と思ったが、
それ以上に驚きとショックが大きかった。
その少年はその日に部屋を決めれば、次の日からはもう住み始められると思っていた。
しかしそうではなかった。
その少年は、先に言え。と思いながら全てに掛かるお金の半額分ほどのお金を払った。
少しでも先に入金をすると大家さんの印象がいいらしかった。
印象というのは会ってから決められるものだと思っていたが、そうではないらしかった。
その少年は大量の契約書を持って家に帰った。
家に帰ると、母がいた。
「ただいま」も言わずに母に、
「一人暮らしをしたいから、ここにサインをしてくれ」と言った。
母は「は?」と素っ頓狂な音を出し、それに合った顔をした。
その少年は母に一人暮らしをすると言っていなかった。
その少年にとっては改めて、母にとっては初めて、
一人暮らしをするという計画を話した。
全てを聞き終わった母は、
「あかん」
と言った。
その少年は素っ頓狂をした…。
そして段取りの悪い爽やかなつまらないタメ口で話しかけてくる人と、
印象を良くする為に払ったお金が頭に浮かんだ…。
つづく…。
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