26、その少年の新しい部活動
その少年は中学生になり、剣道を辞めていた。
(剣道の辞めたさ:過去の記事【21,その少年と剣道】参照)
https://note.com/watashiomu/n/n6c6b492751cb
辛い稽古から解き放たれたその少年は、中学での部活を楽しみにしていた。
中学での部活は野球部と決めていた。
小学校の時からレギュラーの座を取れていたその少年は、中学野球が楽しみだった。
小学校で同じ野球部だった友達と野球部の新入生入部開始日などを、確認しながら入部を待ちわびていた。
そして、ついにその日。
グローブとまだ新品の折り目が残る体操着を用意し、野球部の部室へと向かった。野球部の部室の前には、田舎側小学校だった奴と都会側小学校だった奴で溢れていた。
総勢30名ほどいた。
現れた顧問の少し色の付いたメガネをした先生はその数に驚き少し考えたあと、入部希望の1年生全員をひとつの教室に連れていった。
制服のまま、その場に座らされた1年生たちに色メガネ先生は言った。
「今まで、お前らがやってきた野球とボールの種類が変わる」
その少年達が小学校の時に使っていた球は軟式だった。
大体の中学校は軟式球のままなのだが、その少年の通う校区は中学からは準硬式といって、軟式球よりもだいぶと硬く、高校生などが使う硬式球よりは少し柔らかいという種類に変わるのだった。
そのことはその少年も知っていた。
準硬式の球を使ったことはなかったが、そんなことはその少年だけでなく、
ここに座る1年生全員がわかっていた。
それがどうした、早く着替えてキャッチボールでも何でもいいからやらせてくれと思いながら、色メガネの話を聞いた。
色メガネは長いこと話をした。
「これからお前らがやる野球の球は打ち所、当たり所が悪かったら、死ぬ」
「俺が受け持った生徒で死んだ奴はいないが、後遺症が残った生徒がいる」
「腹に打球が当たって、尿から血が出た奴もいる」
「打ち身、アザなんて当たり前」
色メガネは中学野球の危険さを色んな言い方で、ダラダラと話した。
そして最後に、「今日はランニングすらさせない。家に帰って本当に野球部に入るのか考えてこい。それでもやりたい奴だけ明日来い」と言って、解散させた。
その少年達はチリジリに別れ、帰宅した。
そして、その少年は、
野球をやめようと思った。
めちゃくちゃ準硬式の球が怖くなった。
そして、まだ小学6年生と何も変わらない子供達をビビらせた色メガネに腹が立った。
「あんなの聞いて誰がやるんだよ」と自分の臆病さでなく、色メガネの脅しに毒づいた。
次の日に校舎から野球部の部室前を覗くと、その少年以外全員いた。
誰も辞めていなかった。
ビビったのはその少年だけだった。
それにまたビビった。そして焦った。
その少年はまさかの事態に慌て、今から部室前に行こうかと悩んだが、その間に
みんなは体操服に着替え始めグローブを持ってグラウンドに走っていった。
その少年は体操服もグローブも持ってきていなかった。
その少年は野球をやめた。
小学校の卒業アルバムにプロ野球選手になると書いていたその少年は、
中学になって一度もボールに触れず、グローブをはめず、野球をやめた。
家に帰り、母に野球部に入らなかったと伝えた。
母は少し驚いたあと、「ふーん。で、なに部に入るの?」と聞いてきた。
何にも入らないと答えたその少年に母は、中学は何かの部に入らないといけないと教えた。
そんなこと担任のショートカット先生言ってたっけと思い出そうとしたが、
部活についての説明中は野球部に入るからといって一切話を聞いていなかった自分の姿を思い出した。
次の日、その少年はサッカー部に行ってみた。
サッカーに興味は一切なかったが、何となく見学に行ってみた。
サッカー部ではすでに1年生は2、3年生と同じ練習をしていた。
サッカー部には家が近所でたまに遊んだ先輩がいた。
その先輩は見学をしていたその少年を見つけると、強引に練習に参加させた。
「見てても暇やろ?やってみておもしろくなかったら入らなきゃいいし」
と、練習のミニゲームではその少年に多くボールを回した。
その少年は奇跡的にゴールを決めた。
その時に、強引な先輩と喋ったことのない3年生の先輩たちとハイタッチした。
気持ちがよかった。
休憩中に、3年生の先輩が話しかけてきた。
内容は兄についてだった。
兄はもうこの学校にはいないが、去年までいた。
3年生たちは兄と仲が良かったらしく、共通の話題は兄だった。
兄がどこの誰と喧嘩したとか、何かを壊したとか、その少年の知らない兄の中学生活だった。
どうやら兄はヤンキーだった。
そんな兄の格好をマネをしていた入学式はそりゃ怒られるわけだ。と兄を恨んだが、共通の話題になってくれている兄に感謝した。
その少年は、その日にサッカー部に入ることを決めた。
次の日に、職員室にサッカー部の入部希望を伝えに行った。
入部届けをもらい、その場で記入した。
誰に渡せばいいかと、その場にいた先生に聞くと、その先生は職員室を見回しサッカー部の顧問を探した。
その先生は「いないな。生徒指導室に行ってみ」と言った。
その少年は「生徒指導室…」と怖い名称を反復した。
嫌な予感がバリバリにした。
その少年は、入学式の日にブチ込まれた生徒指導室の前に立ち、弱々しいノックをした。
中から低い音の「はい」が返ってきた。
この声で確信した。
サッカー部の顧問は、入学式にブチ切れられた丸刈りクワハラだ。
その少年は逃げようと本気で思った。
が、このまま逃げてピンポンダッシュのような事をしたら、バレた時に殺されると本能的に思い止まった。
するともう一度部屋の中から、さっきより大きな声で、さらに低い音で、
「はい?」と聞こえてきた。
その少年は「サッカー部の入部届けを持ってきました」と言いたくない事を言った。
言うしか生き残る道はなかった。
「入れ」と言う言葉に操られるように、その少年は生徒指導室に3日ぶりに入った。
丸刈りクワハラは、やっぱりいた。
丸刈りクワハラは「あれ、お前か」と3日前自分が怒鳴った対象物を思い出したようだった。
その少年は「はい」とだけ言い、
入部拒否をしてくれないかなと思いながら、入部届けを渡した。
丸刈りクワハラは、入部届けを受け取ると「了解」とだけ言った。
その声が少しだけ高くなったように感じたが、それが何の感情なのかその少年には分からなかった。
その少年は生徒指導室を出た。
そしてその日の放課後から、サッカー部の練習に参加するのだった。
その少年はもうすでに、サッカー部をやめたかった…。
つづく…。
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