19、その少年の城攻め
その少年は自転車を走らせていた。
向かう先は、城。
授業で習った、社会の教科書に載っていた江戸時代に建てられた城。
背負ったリュックの中にはアルミホイルに包まれたオニギリと地図。
前夜におばあちゃんに頼んで握ってもらったアルミホイルに包まれたオニギリ。
そのオニギリはお母さんが握るいつものオニギリよりも塩気が多くて少し大きかった。
すぐに取り出せるようにリュックの横のポケットに折りたたんで入れた地図は、
その少年の住む地方一帯が描かれた大きな地図だった。
そこに赤いマジックで大きく丸を書かれた城と、おばあちゃんの家を結ぶ赤い道筋がその少年の命綱だった。
いつものアテなくフラフラと走る冒険とは違う、明確なゴールがある冒険。
馴染んだいつもの道をひたすらにまっすぐ走り続け、
普段はそれ以上は行かないようにしている大きな道路を越えて、その少年は快調に、順調に小さいマウンテンバイクを漕ぎ続けた。
次第に街並みは変わり、その少年の街にはない高さのビルが増えていった。
お母さんが運転する車に乗せられて見上げていたビルのガラスに、
自分の力で自転車を漕いで走る自分の姿が映るのを何度も横目でチラチラと見た。
そして、その姿がカッコいいと何度も思った。
今この瞬間、同じクラスの好きな女子の吉田さんとバッタリ会わないかなと考えていた。
こんなに勇ましく、ひとりで城を攻めている同年代の奴はいないぞと、
自分で自分を褒め称えていた。
当然、吉田さんどころか、その少年が知っている人と会うことはなかった。
誰にもその姿を見せられなかった事と、もうひとつ残念な事があった。
その城には午前中のうちに到着したのだった。
意外と城はおばあちゃんの家から近かった。
一切お腹の空いていないその少年はやることがなかった。
リュックの中にはオニギリと水筒、そして地図だけしかなかった。
その少年の想定では、夕方の少し前ぐらいに到着して、
空腹の中、塩気の強いオニギリを食べ、その塩気が疲れた体には丁度良くて、
水筒のお茶は無くなりかけで、大切にチビチビ飲んで、大きくそびえ立つ城に差し込む夕陽を目に焼き付けて帰るということになると思っていた。
お腹は空いていないし、恐らく今オニギリはしょっぱくて食べきれないし、
お茶はチャプチャプに余っているし、喉も乾いてないし、大きな城はそれよりも大きな青空の下、なにかが差し込む様子はなかった。
そこにあるのは、大きな城と多くの外国人と大量のハトだった。
とりあえず、ベンチに座って城を見ているその少年の足元に、ハトが寄ってきた。
その少年は、ハトにオニギリをひと粒、ふた粒と投げて遊んだ。
食べては離れて、また仲間を増やして近寄ってを繰り返すハトを眺めていた。
そしてハッとした。(シャレじゃないよ)
あ、ここ城だ。
僕の足元は今、いつもの公園と変わらないじゃないかと思った。
ハトと遊んでる場合じゃない、とハッとした。(2回書くという事はそうなのかも…照)
城を見なきゃ。
その少年は顔を上げて、ただただ立っている城を見た。
せっかく来たんだから。
すぐに着いちゃったけど。
ゴールにしていた城があるんだから。
その少年は城をじーっと眺めた。
しかし、1分と保たなかった。
城はあくまで城で、建物でしかなかった。
その城の深みだの、渋みだのはその少年は感じなかった。
足元に視線を戻すと、ハトがまだいた。
さっきよりも近い距離にいた。
あ、こいつら俺をエサをくれる人間だと思ってやがるな。
その少年はそう思い、なんだかすごくナメられた気がした。
そして、足音を大きくたてて立ち上がった。
その少年をナメていたハト達が一斉に飛んでいき、
その少年はマウンテンバイクに飛び乗って、城をあとにした。
ビルに映る自分を一度も見ないで、その少年は全力でマウンテンバイクを漕いだ。
なんだか、誰にも会いたくなかった。
おばあちゃんの家に戻ったその少年に、おばあちゃんは「あら」とだけ言った。
そして黙ってオニギリを食べるその少年に、玉子焼きを焼いてくれた。
オニギリは、しょっぱかった…。
つづく…。
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