24、その少年の家
その少年はマンションに住んでいた。
そのマンションは3LDKで、父と母の部屋、姉の部屋。
そして兄とその少年は同じ部屋だった。
その少年はひとり部屋が欲しかった。
自分の好きな物を好きな場所における自分だけの空間が欲しかった。
兄とは、この2人の部屋で数え切れないほどのケンカが勃発していた。
兄の荷物が邪魔で足でどかし、それを見られて殴られる。
兄のお気に入りの服を勝手に着ていき、帰ってきた時にバレて蹴られる。
兄のゲームを勝手にやって、データを消してしまい髪の毛を引っ張り回される。
などなど。
どれもその少年が悪いことばかりなのだが、その少年はひとり部屋になって同じ空間にいなければ怒られることはなくなると考えていた。
その少年は、早く引っ越しをしたかった。
引越しをしたい理由は他にもあって、それは鍵の問題だった。
その少年たちの住むマンションはオートロックだった。
オートロックの鍵は高いらしく、その少年はすぐに失くすという理由で鍵を持たせてもらえなかった。
実際に、自分用の鍵を頼み込んで作ってもらったその日に失くしていた。
だから、その少年用の鍵は母と共有だった。
玄関前の水道メーターの扉の中に隠して、そこに母が朝に家を出るときに鍵を置き、その少年は学校から帰るとそこから取って、家に入るという流れだった。
父と母は共働きで、その少年が夕方に帰る頃にはまだ帰宅しておらず、
兄は中学の部活で遅くまで帰ってこない、姉は高校生になっておりいつ帰ってくるのか、どういうサイクルで生きているのか謎の存在だった。
なので、その少年にとって水道メーターにある鍵が家に入れる唯一の方法だった。
しかし、その水道メーターの鍵にたどり着くまでに大きな難関が毎日あった。
そう、オートロック。
マンション自体の入り口が、ガッツリ閉ざされているのである。
この事を母はどう思っていたのだろうか。
その少年はいつもそれが謎だった。
オートロックの抜け方は3つあった。
1つは、ただただ誰か他の住人が通るのを待つ。
これは運が良ければすぐに入れたが、運が悪いと1時間も2時間も入れないことがあった。
その日の運次第だった。
2つ目は、暗証番号の数字を押す。
部屋番号を押す所で♯〇〇〇〇と押すとオートロックが解除されるのだった。
しかしこれはランダムに変更されるので、一度母に教えてもらいそれがしばらく使えても、数日後には使えなくなる。
使えなかった時に、適当に番号を押すが何万通りある数字を当てることは不可能だった。
3つ目は、壁をよじ登る。
正面玄関から少し外れた所に、よじ登れる壁がありそこからマンション内に侵入することができた。
しかしこの壁は少し高くて、危険が伴う。
トイレに行きたいなどの緊急事態の時にしか使わない危険と隣り合わせの方法だった。
それぞれの方法をその日によって使い分けて、その少年は水道メーターの前にたどり着いていた。
しかしある日、水道メーターの前で膝から崩れ落ちたことがあった。
それは、水道メーターのいつもの場所に鍵がなかったのだった。
言葉にする必要のない、当たり前の母との決めごと。
「鍵を水道メーターに置く」
母はそれを忘れてしまったようだった。
その少年は絶望に打ちひしがれ、少しの間思考が止まった。
時刻は夕方。
秋になったばかりの頃で、少し肌寒さを感じる季節だった。
家の前で誰かが帰ってくるのを待った。
父は20時までは確実に帰ってこない。
兄も平均的に19時ごろ。
姉はもう得体が知れない。
ランダムな帰宅時間の母に賭けた。
あたりは完全に夜になり、
時計を持たないその少年は何時かわからなくなっていた。
お腹は空いたし、寒いし、眠いし、寂しいし、その少年は家の前で遭難していた。
そしてその時は突然やってきた。
エレベーターが開く音がし、足音がこちらに向かってきた。
母だった。
その少年を地獄に落とした悪魔が、
天使を装ってその少年の前に現れた。
天使の顔をした悪魔は、
「なにしてんの」
と、天使の音で悪魔らしい事を言った。
その少年は母にブチ切れてやろう思って待っていたが、抱きついてしまった。
そして泣いた。
そして母の軽い「ごめんごめん」を聞きながら家に入ると、姉がいた。
その少年はどうせ誰もいないだろうとインターホンを押さなかったのだ。
その少年はこの感情をどう整理して、どう表現すればいいのかわからなかった。
そしてもう一段階パワーアップさせて、泣いた。
こんな事があったからなのか、元々決まっていたのか、その少年の家族はオートロックのない、鍵を複数作れる家に引っ越す事になった。
一軒家を買ったのだった。
そして、念願のひとり部屋を持てたのだった。
ひとり部屋だという報告を受けたその少年は喜び狂った。
まさかこんなに早くその時がくるとは思っておらず、まさかの事態に大慌てした。
そして、新居に入居の日。
その少年は真っ先に自分の部屋を確認しに階段を駆け上がり、その部屋に入った。
天井の高いその部屋は新築のツンとする匂いが充満していた。
床に寝転がり、天を仰ぎ引っ越し作業をしないでひとりニヤニヤとしていた。
部屋の隅にはハシゴがあり、ロフトまで付いている初めてのひとり部屋にしては十分すぎる部屋だった。
すると、兄が部屋に入ってきた。
その少年は「入ってこないで!」と押し返そうとしたが、兄は自分の荷物を抱えてグイグイと入ってきた。
そして、部屋の隅にある階段を登った。
その少年は「あれ、まさか…」と思い恐る恐る兄に聞いた。
「もしかして、おにぃの部屋ってロフト…?」
すると兄はロフトから顔を出し、
「おう」
と答えた。
その少年は、泣いた…。
つづく…。
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