いつか思い出した時に、支えになる1日を。
そんな時間をつくりたい、
届けたいと思うようになった。
この時期に使っていたフィルムの現像が終わって、もらった写真の中に「おとなCAMP」の時間が切り取られていた。
もう1ヶ月前のことで、ちょっとびっくり。
このキャンプでの関わり方は、
「自分を思い出す時間にすること。
人が自分自身のことを思い出すのは、どういう瞬間なのか知ること。自分が楽しむこと。」
この3つにしていた。
でもそれが、最終日には変化していたのが面白かった。
イベントをつくる時に自分が不安になることは、
どうしても生まれてしまう隙間の時間や、決まった予定がなく見通しが立てれなくなること。
でも今回は、参加しているみんなに「委ねる」時間がたくさんあった。
だからこそ1人で、1人だと難しいなというときは誰かと、「私」を探る時間を取っている人が多かったように感じる。
こういう時間いいなと思えたことが、
自分でも驚きであり、どこか嬉しかった。
何より、それぞれの過ごし方や選び方に、その人が表れているように見えて、今回のフィールドである遊佐町をみんなが自由に使っている感じがしたんだ。
何かをする時間が決まっていることは安心をくれる。でもそうではない、今この瞬間を感じる・味わう・楽しむことに意識を変えてみたら、あっという間に最終日を迎えていた。
そして1つ、自分の「嬉しいと思うこと」が深まる瞬間があった。
それは、自分を褒められるより、自分の選んだものを褒められる方がより嬉しいということ。気づいてもらった時に湧く「でしょ!」の感情が一緒すぎて、すごく笑った。ささいな会話の中での一瞬。だけど、この日一番の感動だった。
褒められることは全く重要ではなくて、
何かを見つけた時に誰かに伝えたくなる感情を
自分の中で大切にしている理由が、ここでつながって、そしてさらに広がっていくような感覚。
人は当たり前のように忘れる。
過ごした時間のことや、大切な誰かのことでさえも、自分に手一杯になると忘れてしまう。
そして、ふとした瞬間に思い出す。
それが間に合う時も、間に合わない時もある。
だからこそ、ふと思い出した時に支えになるような、思い出せるような時間をつくっていきたい。
それを届けられるようになりたい。
この3日間ずっと大事にしようとしていたけど、
できなかったこと。
だからこそ、これからも大切にし続けると思う。
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