早期発見=幸せの確証ではないと思う件について( ◠‿◠ )
“健康診断” “早期発見”
なんとも良い響きの四字熟語である。これらの四字熟語をワルイものとして認識する人はきっといないだろう。
“健康診断”を受けて“早期発見”をすれば病なんて吹っ飛んではちゃめちゃ幸せライフを手に入れられる、そんな素敵なイメージがこびりついている。
私も今までそう思っていた。母が癌になるまでは。
母が癌になって“早期発見”で良かったですね、と医者に言われた。最初は私も「良かった、早期発見なら安心だ」と思った。
でも“早期発見”と言っても、軽く薬を飲めば治るとかそんな軽い話ではないらしい。手術をして癌や癌になりそうな所を全て切除して、それから抗がん剤治療をしている。月に一度入院だ。退院しても抗がん剤の副作用で辛そうな日々が続く。
母が一番辛そうだったのは抗がん剤の副作用で髪が抜けることだった。「韓国人みたいにふさふさの艶々の髪になりたい」と言って韓国シャンプーを一緒に買いに行ったりしていたのに、努力が水の泡とはこのことだ。
母も母以外の家族もどうにか明るく捉えようとしている。「パパよりはハゲてないじゃないか」とか「私と帽子お揃いで買おう〜」とかそんな具合だ。でも母が本当は泣きたいことなど、顔を見れば分かる。22年間一緒にいるのだから。
こんなことがあって、私は2月に受けるはずだったがん検診を先延ばしにした。
だって今まで良いと信じていた“早期発見”をしたら、手術して抗がん剤治療をするかもしれないのだから。その期間、友達と遊んだり運動したり好きなものを食べたり出来ない。内定だってきっと取り消されてしまう。
そう考えたら、“早期発見”より“末期発見”の方が良い気さえしてきた。倒れ込む最期の最期まで病の存在など気にも留めず好きなことを好きな分だけして生きていたい。
手術によってできた傷を見て温泉やプールに行くこと、彼氏の前で服を脱ぐことを躊躇ったり、いずれ抜ける髪の寿命を縮めさせて一年中帽子を被る。美しく見えていた“早期発見”は、そんな辛い過程が伴うのかもしれない。
だから私は“早期発見”を望まないし、もう治らない末期で何かしらの病が見つかったとしてもそれまでの人生を好きに歩めたのなら後悔はしないだろう。
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