宝治合戦_01 千葉純胤の時空移動
-下総 千葉宗家の館-
館奥には三名の人影があった。
一人は病を患っているのか床に臥しており、その隣に一人の男と童が座っており、伏している男を心配そうに見つめていた。
座している男が声を掛けた。
「兄上、しっかりしてくだされ」
床に臥せている男はかすれた声で辛うじて答えた。
「泰胤。私はもう永くはない。あとは上総にいる秀胤と共に頼胤を頼む」
臥せている男はそう云いながら童のへ視線を向けた。
泰胤と呼ばれた男は話を続けた。
「兄上。父上から昔聞いた千葉一族の秘伝のことですが」
泰胤は伏せている男の頭の前へ目配せした。
そこには手に巻物と筆を持ち、龍に乗った像があった。
「妙見様をここへお持ちしました」
床に臥せていた男はおおと声を漏らし、上半身を起こした。
そして像の前に姿勢を正し、なにやら唱え始めた。
その刹那、襖の奥でガタンガタンと大きな音が響いた。
そして襖が勢いよくバッと開き、一人の男が立っていた。
「出方は変わらないですねぇ」
男は頭を撫でながら呟いた。
「どうもご先祖様。純胤でございます!」
純胤と名乗る男は妙に清々しい笑顔でハツラツと大きな声で云った。
そして泰胤に今の元号と月を訊ねた。
泰胤は仁治二年と答えた。
「仁治ですかぁ。なるほどね」
純胤はうんうんと頷きながら言葉を重ねた。
「ここに床に臥せた方と童がいるというコトはですね。ひょっとして」
純胤はちらちらと周りをみてから話を続けた。
「こちらの床にいらっしゃるのは千葉時胤。そちらの幼子は時胤の子である千葉頼胤ですかね」
純胤はそう言い終わるやいなや泰胤の顔を覗き込んだ。
眼があった泰胤はそうだと答えた。
純胤は合致に安堵した様相をみせながら続けた。
「そうすると、貴方は千葉泰胤か大須賀胤氏あたりとお見受けしました。どうでしょうか」
泰胤は千葉泰胤であると返した。
「失礼しました。あ!でも大体合ってましたね。良かった良かった」
純胤はひょうひょうとして話を続けた。
「改めましてご先祖様達。これより七百年以上の未来より来た子孫の千葉純胤です」
「さて今伺った元号と皆様のお名前から察する事態は呑み込めました。不躾な登場失礼します」
「いままさに千葉家当主である千葉時胤の命の灯が消えようとしている最中」
「今後の千葉家の命運が幼き次期当主である千葉頼胤の小さき肩にかかっていき」
「それを後ろ盾となり支えるのは時胤の弟である千葉泰胤」
「とは云え、もう一つの千葉家、上総を拠点とする千葉秀胤がこの機に下総も呑み込もうと伺っているとかないとか」
「というところでしょうか」
純胤は一気に話すも、そのまま続けた。
泰時はしばし黙ってしまったが、時胤が口を開いた。
「純胤。貴方の云う通りです」
「私は千葉家当主であるも下総はいつも上総に圧され気味だ」
「上総の方が豊穣で朝廷でも幕府でも上総の方が重宝される」
「下総は千葉家当主であるということだけが上総より上でしかない」
「今までの代替わりも上総は都度圧をかけてくるも、様子を伺っており、目立ったことはしてこなかった」
「しかし次の頼胤は幼すぎる」
時胤は幼き頼胤の顔を覗いた。
「後見人としては泰胤はつくも泰胤だけではまとまらぬ。秀胤は欠かせないのだ」
「むしろ他家とのかかわりや体面を考慮すると、世間は上総介の秀胤を後見人と思うであろう」
時胤と泰胤がしばし神妙な顔つきで俯いてしまった。
純胤は時胤に一礼をした後、口を開いた。
「ご先祖様。想いを吐いて頂きありがとうございます。お察しします」
「とは云え早速ですが謎をひとつ明かしたいのですが」
純胤の眼が爛々と輝きを増してきた。
「時胤と泰胤の父上ですが。それは成胤、胤綱、いずれでしょうか」
泰胤はきょとんとしていたが、すかさず父は胤綱であり、成胤は祖父であると答えた。
「なるほど。失礼しました。遥か未来ではここら辺の系図があいまいで。成胤説と胤綱説があるんですよ」
純胤はなにか憑き物がとれたように清々しい面持をしていた。
「さて本題です。僕を呼んだという事はこれからの下総の標を知りたいという事でしょう」
泰胤は黙って頷いた。
「貴方達が一番恐れているコトは、幼き時期当主が上総の千葉家に操られるのではということでしょうか」
泰胤は再び頷いた。
純胤はやはりねと呟いた後に続けた。
「下総が当主であり続けます。存続の危惧はご安心を」
時胤と泰胤は目を合わせ、少し顔が緩んだ。
純胤はひと呼吸して声を発した。
「ただし、これから千葉一族最大の争乱が訪れるのです」